夜明け前の冷気が、
肌を刺すようだった。
この日の神事は、
国主たちが行う「水と風の誓い」。
天啓の最も高い場所にある“蒼流の滝”で、
国の代表が水を汲み、
風に向かって祈りを捧げる――
日の出から日没まで続く、
過酷な儀である。
 
凌暁は、青の礼装を纏って滝の前に立った。
吹き上げる水煙が頬を打つ。
氷のように冷たい滝壺に手を浸し、
国の繁栄と民の安寧を祈る。

“風と水が交わる時、龍は現れる”――
巫女が唱える言葉が、谷に反響した。

凌暁は剣を抜き、
滝の水面にその刃先をそっと触れさせる。
風が唸り、空が青く裂けるように光る。

彼は心の奥で、
“この戦乱の世を終わらせたい”と静かに誓った。
ただそれだけの祈り。
だが、その願いに滝の流れが一瞬、
柔らかく揺れた気がした。

この神事は数ある神事の中でも
最も過酷と言われる。
若く体力に自信のある凌暁でさえ、
何度も音を上げそうになった。
実際、
滝壺の水のあまりの冷たさに
意識が遠退いて失神してしまう者もいた。
誰が倒れようと、
それでも神事は続く。

気の遠くなるような時間が過ぎて
ようやく日没が訪れた。
この時点まで一度も離脱することなく
やり遂げた国主は
凌暁を含めて僅か5人であった。