凌暁と雪蘭が天啓に足を踏み入れたその頃。
天啓の神殿奥深く。
蓮音は瞑目し、霊気の流れを確かめていた。
そこへ、胸に刺し込むような激痛が走る。
「なっ……!?」
床の紋が黒くひび割れ、
雪蘭に放った呪詛の残滓が
突然、強く脈打ち始めたのだ。
――雪蘭が天啓に入った。
――そして……呪いが、弱まっている?
蓮音の背筋に冷たいものが走った。

それは雪蘭への怒りではない。
恐怖だ。

幼い頃、蓮音は確かに天啓随一の才能を持つ巫女だった。
だが十五歳を過ぎたあたりから——
霊力は奇妙なほど急速に衰えていった。
蓮音自身は悟っている。
原因は神殿の腐敗と自身の堕落だった。

本来、巫女も神官も禁欲と清浄を守り、
神と霊獣に仕える身。
だが権力を持つうちに慢心し、
神官たちは戒律を破るようになった。
時には天啓を訪れた熱心な信者と、
またある時には神殿内部の者同士で。

そうやって穢れを重ねていくうちに
神官たちに神の声は聞こえなくなり、
天啓は長い沈黙に覆われたのだった。

神殿の者たちはこう言い合った。
「外に“真の巫女”が現れては困る。」
「蓮音様の霊力低下が知れると……我らの罪も暴かれるやもしれん。」
そのため、
蓮音は神殿内で“偶像”として祀り上げられ続けた。
神殿の力が弱っていることを、
誰にも悟らせないために。