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「本日の試練を、始めます。」
______________
静まり返った食堂に、あの“声”が再び響いた。
夜。
ホテルの照明は淡く、窓の外は相変わらず白い霧で覆われている。
十人の男女はそれぞれの席に座り、円形のテーブルを囲んでいた。
中央には黒い小箱――その中には、名前も顔も知らない誰かへ想いを送るための“カード”が置かれている。
________________________
「あなたの心が今、少しでも動いた相手の番号を記しなさい。
名前は不要。
番号のみで結構です。
選ばれた者は、明日の朝、その結果を知るでしょう。」
________________________
咲(さき)は、震える手でペンを握った。
目を閉じる。
浮かんだのは、今日何度も視線を交わした彼――**新堂蓮(しんどう れん)**の顔。
なぜだろう。
昨日まで知らなかったはずなのに、彼の小さな仕草ひとつひとつに胸がざわつく。
気づけば、心が勝手に彼を追いかけていた。
(この感覚……まるで、懐かしい恋みたい。)
だが、隣の席の**速水悠斗(はやみ ゆうと)**が、意味深に笑っている。
「ねえ咲さん。選んだ? ……俺、君のこと、面白いと思ってるんだ。」
挑発にも似た声。
その目には、どこか本気が混じっているようにも見えた。
咲は答えず、視線をそらす。
(どうして私に、こんなに話しかけてくるの……?)
その向かいでは、**黒瀬沙耶香(くろせ さやか)**が、蓮に甘えるように微笑んでいた。
「ねぇ、もし私を選んでくれたら……明日、いいことがあるかも。」
彼女の明るい声が、咲の胸に小さな波紋をつくる。
蓮は苦笑しながらも、どこか迷うように視線を落とした。
その表情を見て、咲の指先は無意識に動く。
――カードに「5」と書いた。 蓮の番号。
その瞬間、心の奥に小さな灯りがともる。
ほんの少し、あたたかくて、泣きたくなるような光。
「記入が終わった方は、カードを箱へ。」
全員のカードが収められると、スピーカーの声が続いた。
________________________
「では、この夜はここまで。
明日の朝、“誰かが誰かを想った”ことが、ひとつだけ明かされます。」
________________________
灯りがゆっくりと落ち、空間が暗く沈む。
咲は立ち上がり、部屋へ戻ろうとした――そのとき。
「桐原さん。」
振り向くと、蓮が立っていた。
薄暗い光の中で、その瞳はまっすぐに咲を見ている。
「……どうしてだろう。あなたといると、少し落ち着くんです。」
「……私も、です。」
言葉が自然に零れた。
でも、胸の奥は不安でいっぱいだった。 明日、“彼が誰を選ぶのか”によって、何かが壊れてしまう気がして。
部屋に戻り、静かな夜が訪れる。
ベッドの上で目を閉じると、夢の中で光が差した。
笑い声。
小さな手。
“パパ”と呼ぶ声。
けれど、その顔は――霧の中に溶けていく。
咲の頬を、一筋の涙が伝った。
一方その頃
悠斗は部屋の窓辺に立ち、外の霧を見つめていた。
その手には、彼が書いたカードが握られている。
――番号は「7」。 咲の番号だった。
「また同じ女を、好きになるなんて……」
呟いたその声は、霧に溶けて消えた。
翌朝――。
ロビーに集まった十人に、声が告げる。
________________________
「ひとつの“想い”が届きました。
けれど――その想いは、まだ“片想い”です。」
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ざわめく空気。
咲の心臓が、痛いほど高鳴った。
自分の想いは届かなかった。
けれど、誰かが――彼女を選んでいる。
神の“恋の実験”は、静かに形を変えながら、 人々の心を絡めていく。
「本日の試練を、始めます。」
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静まり返った食堂に、あの“声”が再び響いた。
夜。
ホテルの照明は淡く、窓の外は相変わらず白い霧で覆われている。
十人の男女はそれぞれの席に座り、円形のテーブルを囲んでいた。
中央には黒い小箱――その中には、名前も顔も知らない誰かへ想いを送るための“カード”が置かれている。
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「あなたの心が今、少しでも動いた相手の番号を記しなさい。
名前は不要。
番号のみで結構です。
選ばれた者は、明日の朝、その結果を知るでしょう。」
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咲(さき)は、震える手でペンを握った。
目を閉じる。
浮かんだのは、今日何度も視線を交わした彼――**新堂蓮(しんどう れん)**の顔。
なぜだろう。
昨日まで知らなかったはずなのに、彼の小さな仕草ひとつひとつに胸がざわつく。
気づけば、心が勝手に彼を追いかけていた。
(この感覚……まるで、懐かしい恋みたい。)
だが、隣の席の**速水悠斗(はやみ ゆうと)**が、意味深に笑っている。
「ねえ咲さん。選んだ? ……俺、君のこと、面白いと思ってるんだ。」
挑発にも似た声。
その目には、どこか本気が混じっているようにも見えた。
咲は答えず、視線をそらす。
(どうして私に、こんなに話しかけてくるの……?)
その向かいでは、**黒瀬沙耶香(くろせ さやか)**が、蓮に甘えるように微笑んでいた。
「ねぇ、もし私を選んでくれたら……明日、いいことがあるかも。」
彼女の明るい声が、咲の胸に小さな波紋をつくる。
蓮は苦笑しながらも、どこか迷うように視線を落とした。
その表情を見て、咲の指先は無意識に動く。
――カードに「5」と書いた。 蓮の番号。
その瞬間、心の奥に小さな灯りがともる。
ほんの少し、あたたかくて、泣きたくなるような光。
「記入が終わった方は、カードを箱へ。」
全員のカードが収められると、スピーカーの声が続いた。
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「では、この夜はここまで。
明日の朝、“誰かが誰かを想った”ことが、ひとつだけ明かされます。」
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灯りがゆっくりと落ち、空間が暗く沈む。
咲は立ち上がり、部屋へ戻ろうとした――そのとき。
「桐原さん。」
振り向くと、蓮が立っていた。
薄暗い光の中で、その瞳はまっすぐに咲を見ている。
「……どうしてだろう。あなたといると、少し落ち着くんです。」
「……私も、です。」
言葉が自然に零れた。
でも、胸の奥は不安でいっぱいだった。 明日、“彼が誰を選ぶのか”によって、何かが壊れてしまう気がして。
部屋に戻り、静かな夜が訪れる。
ベッドの上で目を閉じると、夢の中で光が差した。
笑い声。
小さな手。
“パパ”と呼ぶ声。
けれど、その顔は――霧の中に溶けていく。
咲の頬を、一筋の涙が伝った。
一方その頃
悠斗は部屋の窓辺に立ち、外の霧を見つめていた。
その手には、彼が書いたカードが握られている。
――番号は「7」。 咲の番号だった。
「また同じ女を、好きになるなんて……」
呟いたその声は、霧に溶けて消えた。
翌朝――。
ロビーに集まった十人に、声が告げる。
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「ひとつの“想い”が届きました。
けれど――その想いは、まだ“片想い”です。」
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ざわめく空気。
咲の心臓が、痛いほど高鳴った。
自分の想いは届かなかった。
けれど、誰かが――彼女を選んでいる。
神の“恋の実験”は、静かに形を変えながら、 人々の心を絡めていく。



