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「本日の試練を、始めます。」
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静まり返った食堂に、あの“声”が再び響いた。


夜。


ホテルの照明は淡く、窓の外は相変わらず白い霧で覆われている。


十人の男女はそれぞれの席に座り、円形のテーブルを囲んでいた。


中央には黒い小箱――その中には、名前も顔も知らない誰かへ想いを送るための“カード”が置かれている。

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「あなたの心が今、少しでも動いた相手の番号を記しなさい。

名前は不要。
番号のみで結構です。

選ばれた者は、明日の朝、その結果を知るでしょう。」
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咲(さき)は、震える手でペンを握った。


目を閉じる。

浮かんだのは、今日何度も視線を交わした彼――**新堂蓮(しんどう れん)**の顔。


なぜだろう。


昨日まで知らなかったはずなのに、彼の小さな仕草ひとつひとつに胸がざわつく。


気づけば、心が勝手に彼を追いかけていた。


(この感覚……まるで、懐かしい恋みたい。)


だが、隣の席の**速水悠斗(はやみ ゆうと)**が、意味深に笑っている。


「ねえ咲さん。選んだ? ……俺、君のこと、面白いと思ってるんだ。」


挑発にも似た声。


その目には、どこか本気が混じっているようにも見えた。


咲は答えず、視線をそらす。


(どうして私に、こんなに話しかけてくるの……?)


その向かいでは、**黒瀬沙耶香(くろせ さやか)**が、蓮に甘えるように微笑んでいた。


「ねぇ、もし私を選んでくれたら……明日、いいことがあるかも。」


彼女の明るい声が、咲の胸に小さな波紋をつくる。


蓮は苦笑しながらも、どこか迷うように視線を落とした。


その表情を見て、咲の指先は無意識に動く。


――カードに「5」と書いた。
蓮の番号。


その瞬間、心の奥に小さな灯りがともる。


ほんの少し、あたたかくて、泣きたくなるような光。


「記入が終わった方は、カードを箱へ。」


全員のカードが収められると、スピーカーの声が続いた。

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「では、この夜はここまで。

明日の朝、“誰かが誰かを想った”ことが、ひとつだけ明かされます。」
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灯りがゆっくりと落ち、空間が暗く沈む。


咲は立ち上がり、部屋へ戻ろうとした――そのとき。


「桐原さん。」


振り向くと、蓮が立っていた。


薄暗い光の中で、その瞳はまっすぐに咲を見ている。


「……どうしてだろう。あなたといると、少し落ち着くんです。」


「……私も、です。」


言葉が自然に零れた。


でも、胸の奥は不安でいっぱいだった。
明日、“彼が誰を選ぶのか”によって、何かが壊れてしまう気がして。


部屋に戻り、静かな夜が訪れる。


ベッドの上で目を閉じると、夢の中で光が差した。


笑い声。
小さな手。

“パパ”と呼ぶ声。


けれど、その顔は――霧の中に溶けていく。
咲の頬を、一筋の涙が伝った。



一方その頃

悠斗は部屋の窓辺に立ち、外の霧を見つめていた。


その手には、彼が書いたカードが握られている。


――番号は「7」。
咲の番号だった。


「また同じ女を、好きになるなんて……」


呟いたその声は、霧に溶けて消えた。


翌朝――。


ロビーに集まった十人に、声が告げる。

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「ひとつの“想い”が届きました。

けれど――その想いは、まだ“片想い”です。」
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ざわめく空気。


咲の心臓が、痛いほど高鳴った。


自分の想いは届かなかった。


けれど、誰かが――彼女を選んでいる。


神の“恋の実験”は、静かに形を変えながら、
人々の心を絡めていく。