ホテル
――まぶしい。

視界を貫くほどの強い光。


思わず、瞼をぎゅっと閉じた。


頬にあたる風が止まり、耳鳴りのような静寂が広がる。
数秒後、恐る恐る目を開けると、そこはもう「いつもの帰り道」ではなかった。

白い大理石の床。

光を反射する天井のシャンデリア。


空気は冷たく乾いていて、ホテルのロビーのような場所。


ふと周りを見ると、自分以外にも男女が数人立っている。


ざっと見て十人ほど。

年齢も雰囲気もまちまちだ。


「……え、ここ……どこ?」


誰もが同じように戸惑いの表情を浮かべていた。


全員が見知らぬ顔――のはずなのに、胸の奥が妙にざわつく。


懐かしさにも似た感覚。


けれど、なぜ懐かしいのか思い出せない。


その瞬間、頭の中に霞のような映像が流れた。


温かい手。

笑い声。

子どものような声が「ママ」と呼ぶ。



それなのに――顔が、思い出せない。


(どうして……誰の顔だったの……?)


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「ようこそ、“再縁の館”へ」
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突如、天井のスピーカーから声が響く。


静かながらもどこか神秘的な、男女の声が混ざったような響きだった。

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「ここは、過去に“愛する人と別れた”者が集められる場所。

あなたたちは、かつて大切な誰かを手放した。

その記憶の一部を失い、いま――再び、出会い直す。」
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場が一瞬にして凍りつく。

「な、何の冗談だよ!」
「記憶って何だよ!」


男のひとりが叫ぶ。

けれど声はすぐに吸い込まれ、返事はない。

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「あなたたちは今、“顔も名前も”思い出せない。

けれど、もしここで再び心が惹かれあえば――
真実が、戻るでしょう。」
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**桐原咲(きりはら さき)**は震える手で胸を押さえた。


知らないはずの痛みが、心臓の奥からじんわりと溢れてくる。


(誰か……。私、誰かを、忘れてる――?)



その時、背後から声がした。

「……大丈夫ですか?」

振り向くと、長身の男性が立っていた。


落ち着いた瞳。

けれどどこか懐かしい。


咲は一瞬、息を呑む。


心が――勝手に、揺れた。


「えっと……あなたは?」


「俺も、分からないんです。気づいたら、ここにいて。」


二人の間に、静かな沈黙が流れる。


まるで何かを思い出しそうで、思い出せないような――焦燥感。


そのとき、別の女性の声が割り込んだ。

「ねえ、あなた、さっきからずっと見てるけど……タイプかも。」

艶やかな笑みを浮かべた女性が、男性の腕にそっと触れる。


咲は驚きと共に、胸の奥がチクリと痛んだ。


彼が誰かも分からないのに――なぜか、取られたくなかった。

ここに集められた十人。


それぞれが「過去の恋の続きを求める者」でもあり、
「新しい恋を選ぶ可能性のある者」でもある。


神のゲームは、静かに幕を開けた。