今井さんの手が机に当たる。机には私の持ってきた水筒が置いてあった。水筒が床に落ちる。蓋が緩んでいたみたいで、蓋が開いて水が出ていく。それを見た今井さんの顔は青ざめて引き攣り、さらに大きな声を上げる。

「う、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「……今井さん、水が怖いんですか?」

私の声は震えていた。今井さんは錯乱する前、何に怯えていたか思い出す。耳に触れた。耳には仁くんから貰ったピアスが揺れている。このピアスに反射した光を、今井さんは怖がって錯乱した。そして今は、水を怖がっている。

水と光を怖がる病気は、私が知る中で一つしかない。実際の患者を目にしたことはなかったけど、もしかしてーーー。

看護師さんが守衛さんを連れて戻ってきた。診察室に入った二人は、驚いた顔で私を見ている。私は今、胸にストンと降りてきた今井さんの病名に体を震わせていた。

「落ち着いて聞いてください。恐らくこの方の病名はーーー狂犬病です」



狂犬病とは、狂犬病ウイルスに感染したことで発症する病気だ。感染源は犬だけでなく、他の哺乳類から感染する場合もある。日本では、動物の狂犬病ワクチン接種と島国であることから昭和32年を最後に狂犬病の発症は報告されていない。しかし、海外の多くの国では狂犬病が存在している。

狂犬病の大きな特徴は恐水症。水を見ると怖がるようになる。最初は風邪のような症状だが、徐々に錯乱や全身痙攣などの症状が起こり、その致死率はーーー100%だ。