「それで――旅の途中で心に決めた女性がいると聞いたけれど?」
ヴィルヘルミーナは好奇心を隠しきれないようだ。

「はい。彼女とはウィステリア王国で出会いました。名はミレーヌ。平民出身のジャーナリストで、民の声を大切にする女性です。私は彼女を、妻に迎えたいと思っています。」

一瞬で空気が凍りついた。
いわゆる貴賎結婚は、
保守的なハイドランジアではタブーなのだ。
ましてや階級社会の頂点に君臨する皇家が
平民を嫁に迎えるなど前代未聞だった。
「……平民の、ジャーナリストだと?」
アレクシスが信じられないとでも言うように
声を絞り出す。
「なんということを言うのです、フィリップ。皇族の嫁がそんな……。伝統をどうするつもりなの?」
女帝も呆然としている。

しかしフィリップはひるまず、
まっすぐ祖母と父を見つめた。
「時代は変わっています。私は“身分の誇り”より、“人の力”を信じたい。彼女は己の才覚だけで道を切り開いてきた強い女性です。彼女と共に国を築けないなら、王位などいりません。それこそクラウスに譲りましょう。彼の妻はマグノリアの姫君だ。皇后として貴方がたの理想に叶います。」

広間にざわめきが走る。
フィリップがここまで反論してくるとは。
ざわめきを制するかの如く、
アレクシスが驚きと憤りを混ぜた声を上げた。
「お前は何を言っている!王位を捨てるなど軽々しく口にするな――!」
「本気です。ミレーヌは理想を語るだけでなく、それを行動で示す女性です。彼女のような人こそ、次の時代を導く存在だと私は確信しています。」