わたくし、アメリア・ルヴァリエ。
カレジア村村長、農業改革推進者、教育振興責任者、そして最近では“ちびっこ課”の名誉顧問でもありますわ。

そんなわたくしに、またひとつ、新たな使命が課せられました。

「アートですわ!」

「また突然ですねお嬢様!!」

ことの発端は、村の子ども――ティナの“ある一枚の絵”でした。

干し芋とヤギと、笑っている村人たちを描いたあの絵は、今や村の“象徴”として、仮設講堂の壁に残されております。
その絵を見に来た、偶然立ち寄った旅人がこう呟いたのです。

「へぇ……この絵、なんかいいね。あったかくてさ、アートって感じがする」

「アート……!?」

わたくし、その単語にピンと来ましたの。

「そうですわ。農村には、“文化”が必要ですの!」

「来たーーー!令嬢、今度は“芸術監督”になる気かーーー!」

【アメリア構想:文化推進基本法案(自作)】

・目的:芸術を通じて村人の感性を育てる
・目標:美術館の設立(まずは小屋)
・内容:絵画、手工芸、芋彫刻、石アート(ゼクス担当)などを展示
・場所:使っていなかった納屋(また)

「絵を飾るための“額”も、手作りですの!」

「え!?展示前に“木工”から入るの!?」

「ゼクスがすでに5つ作りましたわ。全て“ほぼ正方形”の奇跡の構造ですのよ」

「奇跡って言ってる時点でだいぶ歪なんですよね……?」

とはいえ、村の誰もが「芸術」というものに詳しいわけではありません。

「芸術って、よくわからねぇな」

「オレが作った干し芋タワーも展示していい?」

「トマトをそのまま飾るってどう思う?」

「一気にカオスの香りがしてきましたわ!」

「でも、これが村の“色”かもしれません」

そこで、わたくしは決断いたしました。

「美術館名は、“土と笑顔のアトリエ”に決定いたします!」

「その名前、いろいろ詰め込みすぎでは!?!?」

【土と笑顔のアトリエ】
・開館予定:来週末
・開館記念展名:「第一回カレジア創作祭」
・目玉展示:村人作品(絵、木工、石彫、布アート、野菜スタンプ)
・サプライズ展示:ゼクスによる“動く石像”※予定

こうして、カレジア村に“文化の風”が吹き始めた。

村人たちの手で、生まれてはじめての“表現”が、少しずつ姿を見せていく――

「展示、完成しましたわあああああ!!」

「お嬢様、叫びながらも両手が絵の具まみれです!!」

開館前夜。カレジア村に、村史上最大規模(当社比)の文化的イベント「第一回カレジア創作祭」を迎えるための準備が、ようやく、ようやく終わったのです。

会場は、納屋を改装した“土と笑顔のアトリエ”。壁は白く塗り直され、照明はランプ式。床は、ゼクスとリィナが踏み固め、干し藁で装飾されました。

「村の全部を使いましたわ……リリア、わたくしの視界に“干し芋”が残像で見えておりますの……」

「それ、疲労と幻覚が出てます!おやつに芋をどうぞ!」

【展示リスト:第一回カレジア創作祭】

・ティナの壁画「ヤギと笑顔」
・ゼクスの石彫「動きかけた石像」※振動のみ確認
・リリアの刺繍絵本「村長物語・第一巻」
・ルークの“躍動する棒人間画集”全3点
・ガストンの“干し芋構造解析模型”
・アメリアの“未来予想図:黄金トマト神殿の夢”

「なにこの展示内容!?一個だけ異次元の壮大さ混じってますけど!!?」

「文化には格差がつきものですの。ええ、令嬢スケールの格差ですわ!」

「うるせぇ!オレの棒人間にも感情はある!!」

「いや、ルーク。“感情の棒”って書いてあるけどそれ逆にこわ……」

しかし――文化の香りが立ちこめるこの夜、村に、再び“試練”が訪れる。

「失礼、ここが“創作祭”の会場ですかな?」

「!?」

現れたのは、品の良いコートに身を包み、目つき鋭く資料の束を抱えた一人の男。

「わたくし、“辺境文化振興連絡室”より派遣されました、サルモン・バレストと申します。創作祭の取材と、ついでに文化認定の参考調査をさせていただきたく」

「出たーーー!公式審査員枠だーーー!!」

「しかも“ついで”って言い方が腹立つーーー!!」

【サルモン・バレスト】
・年齢:不明(怒ると額の血管が浮く)
・職業:文化庁の下部機関職員
・特徴:芸術にやたら厳しい、が批評は的確
・最近の趣味:針葉樹をスケッチ

「ご案内いたしますわ、バレスト殿」

「それでは失礼して……ふむ、これは……」

まず目に飛び込んできたのは、ティナの「ヤギと笑顔」。

「……子どもらしい、素直な筆致。だが未熟だ。色も平坦、構図に奥行きがない。情熱は伝わるが技術が伴わない」

「こ、これが役所の審査眼……!!」

次、ルークの棒人間シリーズ。

「……これは……」

「“感情の棒”です!怒り、喜び、呆れの三本です!」

「呆れが一番よく描けている……腹が立つ……」

「褒められてます!?今、褒められました!?」

ゼクスの動きかけた石像。

「これは……震えてる?」

「芸術とは震えるものでございますわ」

「む……一理ある。だが説明がなければ“地震”と思う者もいるな」

「震災予防啓発を兼ねておりますのよ」

「文化との融合……ふむ、実用系アートとしてなら“あり”か……」

「通った!?今、通りましたわよね!?」

リリアの刺繍絵本。

「刺繍で“村長の一日”を再現……しかも第三話“干し芋戦争”まで……これは……笑いと記録の融合……!」

「リリアさん、今バレスト氏の目がウルってました!」

「いやん、照れますぅ」

そして。

最後にわたくしの――未来予想図、「黄金トマト神殿の夢」。

「……何か言いたいことがあれば?」

「これは……美術なのか?」

「建築計画ですわ」

「だよね!?!?」

「しかし、美術とは“未来を描くこと”でもありますのよ。これは“構想芸術”――そう、精神的土建ですわ!」

「精神的……土建……!?」

「今、揺らぎましたわね!その眉が!理屈で否定できなくなってますわよ!」

「くっ……認めたくはないが……一理ある!」

「勝ったーーー!アメリア様、芸術戦でも公式に勝利ッ!!」

数時間後。

村の空気は、一変していた。

「……評価は、あくまで暫定。だが、これだけは言える」

「なんでしょう?」

「この村には、“語れる作品”がある。――文化の始まりとは、“誰かが語りたくなること”だ」

「……まあ!」

「未熟でも、歪でも、変でも、笑ってもらえるだけで、作品は命を持つ」

「バレストさん、それ完全に名言ですわ」

「……文化庁では浮いてます」

「わかります」

サルモン・バレストは、帰り際にふと、こう言い残しました。

「君たちの文化は、まだ“発芽”段階だ。だが、十分に“土”が育っている。いずれ花が咲く」

「ええ、“開拓の花”が咲く日まで、止まりませんわ」

【文化庁仮査定メモ】

・展示の質:△
・展示の情熱:◎
・村の団結力:◎
・笑いの多さ:◎◎◎

備考:この村は、危険な伸びしろを持っている



「お嬢様ー!大変ですーーーッ!!」

「リリア!? 朝から声が裏返ってますけれど!?」

「ティナの絵が!展示の“ヤギと笑顔”が!ヤギに舐められてぼやけてますーーー!!」

「芸術が!物理的に!侵食されたぁぁあ!!!」

展示最終日。カレジア創作祭は、予想を超えた“村外来場者”により、想定の三倍以上の混雑。子どもたちははしゃぎ、村人たちは説明に追われ、ヤギは展示物を食べ始め――

混乱の極みでございました。

「これは……カオスですわ……でも、愛すべきカオスですの……!」

「お嬢様、正気保って!!」

更なる追い打ちは、展示の破損。

ルークの“感情の棒”が子どもにより真っ二つに折られ、ゼクスの“動きかけた石像”は本当に倒れ、ガストンの干し芋模型は――

「完食されてる!!」

「芸術は……消化されるものだった……?」

そして、涙を浮かべるティナ。

「……せっかく描いたのに……ぼやけちゃった……」

わたくしは、静かにその子の肩に手を添えました。

「ティナ。アートとは、飾られている間だけが“命”ではありませんわ」

「え……?」

「それを見た誰かの心に、“残ったこと”が、いちばん尊いのですわ」

「……ほんとに?」

「ええ。あなたの絵は、わたしたち全員の心に、焼き付いておりますもの」

「……うん!」

すると、ティナは顔をふいて、もう一度言いました。

「じゃあ、また描く!」

「まあ……それが、芸術家の魂ですわ!」

そして閉館前。

アメリア様は全員を集めて、ひとつだけ“新たな展示”を提案しました。

「それは――“破損作品たちの展示コーナー”ですわ!」

「壊れたやつ並べてどうするんですの!?」

「壊れたままでも、“それを通じて何が起きたか”を語れるでしょう?」

「……それって、まるで……」

「人生ですわ」

その言葉に、村の誰もが、静かに頷きました。

最後の最後で、カレジア創作祭は“物語として”完成を迎えたのです。

その日の来場者アンケートには、こんな感想が残されていました。

「この村の芸術は、なんか……たのしい」
「ヘタでも笑えるって最高」
「また来ます」

――芸術の評価は、時に専門家ではなく、
“語ってくれる誰か”によって決まるのかもしれませんわね。

そして、令嬢アメリアは心に刻むのです。

「芸術とは――耕された心に芽吹く、もうひとつの命ですのよ」

カレジア村、文化の土壌に、今日もまた、小さな芽が根付いた――。