「リリア、村の識字率を調べてきてくださいませ」
「またとんでもないこと言い始めましたねお嬢様!?」
ある日、わたくしアメリア・ルヴァリエは、畑の水やり中に“あること”に気が付きましたの。
それは――。
「この村、誰も農業書を読んでませんわ!」
「そもそも本がありません!」
「でも一応、村の図書棚はございますわよ。“クワ取り扱い説明書”と“干し芋大全”と“ヤギ飼育超初級”の三冊ですが」
「全部うちの私物です!!!」
どうやらカレジア村、文化的には“農業的”でも“教育的”とは言い難い。
いやむしろ、言いようがない。
「これは……由々しき事態ですわね」
「まあ、村の再建だけで精一杯でしたしね」
「リリア、リィナ、ゼクス、ルーク、それからヤギ」
「なんでヤギ含んでるんですか」
「この村に、学校を作りますわ!」
「出たーーーーーーー!!!!!」
「村長令嬢、今度は“義務教育”にまで手を出したァーーーーーッ!!」
事の発端は、前日のこと。
行政から届いた“村政支援のためのガイドブック”には、こう書かれておりました。
【教育機関の有無も、正式登録の加点項目となります】
「……教育?加点?ならば即設立案件ですわ!」
「加点のために学校を建てようとする令嬢があるかァッ!!」
「でも、教育って……先生いないし、教科書もないし、そもそも校舎もないですよ?」
「問題ありませんわ。わたくしが、すべて用意いたしますの!」
「“自分で教える気満々”だーーーッ!!」
「開拓令嬢、教育係も兼任!もはや一人自治体!!」
その場にいた全員が、一歩下がったのをわたくしは見逃しませんでした。
翌日から始まったのは――。
“カレジア村、教育開拓計画”
【アメリア・ルヴァリエの教育構想】
・名称:カレジア村仮設講習所(通称:カレ学)
・目的:最低限の読み書きと計算、農業知識、村の歴史(※自作)
・講師:アメリア(主講師)、ガストン(体力担当)、ルーク(出席確認)
・教材:黒板(炭で壁に直書き)、ノート(羊皮紙切れ端)、チョーク(小石)
・備考:授業中の干し芋の持ち込み可
「この教育方針、どこからツッコめばいいんですか」
「まあ“最低限の道具で最大限の効果”がテーマですから!」
「黒板が壁ってところで“仮設”の限界を超えてますよ!!」
だが村の皆は――なんだかんだで協力してくれました。
ゼクスは椅子代わりの木箱を黙々と並べ、リィナは自作ポスターで生徒募集、ルークは「チョークって投げるもんじゃないんだね」と謎の学習をし、ガストンは筋トレと称して講堂(納屋)をリフォームしました。
そして開講初日。
わたくしは、即席の講壇に立ち、凛とした声で開口一番こう申しました。
「ようこそ、知の耕地へ!」
「いきなりカッコいいこと言ったーーーー!!」
「でも現場はほぼ納屋ーーーー!!!」
「この村では、農業も、生き方も、自分で“考える”ことから始まりますわ。――読み書きとは、自らを耕す道具にございます」
「今日の名言きたァァァ!」
こうして始まった、村の小さな学び舎。
生徒は少ないけれど、村には確かな“光”が差し込みはじめておりました。
「それでは本日から、算術の授業を始めますわ!」
「やばい……アメリア校長のテンションが日を追うごとに上がっている……!」
「一周回って光属性に見えてきた……!」
開講から三日。
カレジア村仮設講習所、通称“カレ学”は順調に(主観)運営されておりました。
講師はわたくしアメリア、講義内容は“読み書き・算術・農業基礎・干し芋知識”。教材はすべて手書き、チョークは毎朝石を削るところから始まります。
「村長、今日は“掛け算”ってやつを教えてくれるのか?」
「ええ、ルーク。たとえば、あなたが畑に“ニンジンを3列、各列に4本”植えたら、全部でいくつになりますか?」
「へぇ……ニンジンか……12本?」
「正解ですわ!ちなみにそれが“1日で12本”なら、“3日間続ける”といくつになりますか?」
「それは……12×3……36!!」
「お見事!ではその三分の一をリリアに差し上げた場合、あなたの手元には?」
「えっ?え、ええと……三分の一だから……12本引いて……24本!」
「すばらしい!その24本を、“塩漬け”と“天日干し”に12本ずつ加工して?」
「それは、干し芋にならなくない!?!?」
「落ち着いてください。教育はロマンですわ」
「ロマン万能説やめろーーーー!!」
と、そこへ――。
「おやおや、これはまた、風変わりな学校だねぇ」
「!?」
突然、講堂(納屋)の扉がきぃ……と音を立てて開き、一人の人物が現れました。
年のころは五十代前後、ゆったりとしたローブに、筆と帳面を携えた、いかにも“学者然”とした男。
その背後には、役人っぽい青年が控えておりました。
「どちらさまですの?」
「わたしは王都学務省の調査員、“ハルメット・ローベル”と申します。今回は“辺境教育の視察”で立ち寄らせてもらいました」
「ほ、本物の役所の人だ……!」
「よりによって授業中に……!」
「この村、常に“公式”とタイミングが悪い!!」
ハルメット氏は、失礼しますね、と言ってから講義の隅に座り、ノートを開いて静かに授業を眺め始めました。
「どうぞ、好きなだけご覧なさいませ。“開拓と教育”の融合、余すところなくお見せいたしますわ!」
「お嬢様がいつになく燃えてる……!」
「今日の授業、テストにしましょうかしら」
「ええええ!?!?」
こうして急遽、“実力確認テスト”が行われることとなったのです!
【第一回 カレジア村・知識検定(仮)】
・対象者:村の全住民(ヤギ除く)
・出題形式:筆記&口頭
・出題者:アメリア(容赦なし)
・合格基準:本人比で“昨日より成長してる感”があること
「よーい、スタートですわ!」
「問題1:『トマトは多年草である』○か×か」
「い、いきなりマニアックすぎるううう!」
「問題2:“二人で井戸を掘ると作業効率は何倍になるか、但しガストンが本気モードの時”」
「何その物理も絡む問題!?!?」
「問題3:ヤギの好物を三つ以上挙げよ(ヒント:昨日わたくしが語った)」
「覚えてないッ!!!」
「すべて“昨日の授業範囲”ですわ!」
「昨日のお嬢様の話、二時間ノンストップだったんですけどぉぉぉ!!!」
リリアは必死にノートの断片をめくり、ゼクスは表情を微妙に変化させながら小石で答えを書き、ルークは途中からギャグ回答に走り、ガストンは「トマトと俺は同志」と書いて0点でした。
だが、終了後――
「うん……でも、これ……意外と“わかってきた感”あるな」
「昨日より字がきれいに書けた気がします」
「ゼクス、問題文書いてた石、表面研磨されてて綺麗ですね!」
「勉強というより彫刻かもしれません……」
テストの点ではなく、“学ぶ姿勢”が育っている。
それが、わたくしにとって、何よりの成果でございました。
「素晴らしい、実に素晴らしい……!」
「!?」
教壇の隅から、感嘆の声が上がりました。
視察官、ハルメット氏――彼は、穏やかな笑みを浮かべて立ち上がり、拍手を送りながらこう言いました。
「確かに形式は簡素、教材は粗末、施設も不十分。しかし――“教育の核”は、確かにここにある」
「まあ!」
「この村には、“教える者の情熱”と、“学ぶ者の意志”がある。これ以上の教育は、どこにもないかもしれません」
「や、やったぁ……!」
「これってもしかして、加点……!?」
「……評価は、持ち帰って検討しますよ。ただし」
「ただし……?」
「“継続”こそが教育です。一時の熱では、実を結びません。次回の視察で、もう一度その熱を見せてください」
「……もちろんですわ!その時までに、さらに高みに参りますわ!」
「おおっ……!令嬢、教育フラグ成立!」
「学務省、攻略完了です!」
「乙女ゲーか!?」
ハルメット氏は、満足そうに微笑み、静かに馬車に乗って去っていきました。
あとに残されたのは、疲労困憊と、そして小さな達成感。
「教育って……けっこう楽しいのね」
「リィナ、あなたに言われると、格別ですわ」
「まあ、バカにされっぱなしは癪だし……少しくらい、やってやってもいいかなって」
「それ、“村で学ぶ理由”としては最高ですわよ」
カレジア村に、新たな風が吹き始めた。
“学ぶこと”を知った村は、少しずつ、土の匂いだけではなく、本の匂いも持ち始めたのです。
「お嬢様、大変です!」
「また水道管が破裂しましたの?」
「違います!子どもが!村に子どもが来ました!」
「……え?」
思考停止。
わたくしアメリア・ルヴァリエ、開拓令嬢、仮設講習所学長、チョーク削り歴17日の者にとって、あまりにも突然で劇的な報告でした。
「子ども!?どこから!?」
「昨日、ルークとゼクスが市場へ行った際、“パンフレットと干し芋”を配布したそうで……」
「干し芋が招いた奇跡――!」
「また芋かァァァ!」
そうして、わたくしが講堂(納屋)に急行すると、そこには確かに。
小さな少年と、まだ幼い少女が座っておりました。
「あっ、ほんとに……!ちいさい……!」
「ちいさいって、あたし、もう七歳だもん!」
「兄ちゃんに連れてこられただけだから、俺、帰っていい?」
二人は、スレン村からやってきた“開拓関心者の家族”の子どもで、どうやら「面白そうな村に、面白そうな学校がある」と聞いて、ふらっとやってきたそうです。
「……まあ、子どもを連れて“ふらっと”来る時点で色々どうかと思いますけれど!」
「でも……アメリア様、どうします?」
「決まってますわ。わたくし、この村に“子どもの居場所”を作ります!」
「出たーーーー!!」
「村長令嬢、今度は“保育士”の資格まで取る気ィィィ!!」
【緊急設立】
■カレジア村児童対応部門:仮称「ちびっこ課」
・対象年齢:6〜9歳(今のところ二人)
・活動内容:お絵かき、読み書き練習、昼寝、芋投げ(危険)
・運営体制:アメリア(教育全般)、リリア(おやつ係)、ルーク(なぞなぞ係)、ゼクス(紙芝居制作)
「さあ、まずはお名前を教えてくださる?」
「わたし、ティナ!お絵かき大好き!」
「ボク、ネル。……勉強とか、あんま、好きじゃない」
「なるほど。ならば、あなたには“畑計算ゲーム”から始めてみましょうか!」
「ええええ!?何それ!」
「たとえば、ニンジンを四列植えたら、一本に対して水を何杯あげればいいでしょう、って問題ですわ!」
「畑のどこに知育教材を混ぜたの!?!?!?」
わたくし、基本は“耕しから教える”主義ですの。
ですが子どもたちは――
「……ちょっと、楽しいかも」
「わたし、字をかけるようになったら、“ヤギ”って書いてみたい!」
「なぜそこから!?」
「だって村でいちばんえらそうだから!」
「完全にヤギが上司扱いになってる!!」
やがて子どもたちは、畑の脇に作られた即席の遊び場で遊びながら、少しずつ文字に興味を持ち始めてくれました。
「リリア、あの子たち、ちゃんと笑ってますわね」
「ええ、“教育が楽しい”って……本当にすごいことです、お嬢様」
ですが――その晩。
「アメリアさん、ちょっと相談があるんだけど」
保護者として付き添っていたティナの兄(スレン村の青年)が、わたくしのもとを訪ねてきました。
「村で過ごしてる間に、あの子たちが楽しそうにしてるのを見て……正直、ここに“住めないかな”って考えたんだ」
「まあ!」
「ただ、やっぱり……この村、まだ“子どもを育てる環境”としては不安もあってさ」
「……具体的には?」
「医療、衛生、栄養。あと、教育もね。……その、本当に“ここで育って、大丈夫か?”って、考えちゃって……」
その言葉は、胸に刺さりました。
わたくしが“開拓”と“改革”を進めてきたこの村。でも――。
“子どもを育てられる村”には、まだ遠い。
「わたくし、覚悟いたしましたわ」
「え?」
「子どもが育てられる村に、“必ず”いたします。ですので……この子たちを、安心して預けていただけるよう、もう一段階、村を進化させますわ!」
「……アメリアさん」
「令嬢は“子育て”にも全力ですのよ!」
「ついに令嬢が保育にも着手しはじめたァァァァ!」
翌日から、“村の子育て環境整備プロジェクト”が始動。
・井戸の水質、再検査(リリアが水を味見)
・食事のバランス確認(干し芋以外を仕入れる大冒険)
・仮設の医療箱設置(ゼクスが石から削って作成。木でいいのに)
・村のトイレの再整備(ルークが泣きながら頑張った)
・“ヤギに乗って遊ばない条例”制定(ティナによる抗議署名、2件)
「こうして見ると、村って“子ども”ひとりで一気に動くんですね……」
「子は、未来ですから!」
「それっぽく言ったァァァ!」
そして数日後。
「アメリアさん、ありがとう。俺たち、しばらくこの村で暮らしてみようと思う」
「まあ!」
「ティナが、“学校たのしい”って言っててさ。あいつ、前は教室で泣いてばかりだったのに……」
「それは、きっと……この村が、“居場所”になったということですわ」
「……うん。そう思う」
子どもが笑う村は、きっと、強い。
それは、“村が生きている”証なのですから。
その夜、焚き火を囲みながらの“新村民歓迎会”で、わたくしは宣言いたしました。
「次なる目標は、“カレジア村こども憲章”の制定ですわ!」
「なんだそれーーー!?!?」
「教育の制度化、育児支援、そして――“おやつは干し芋だけに限らない”自由を!」
「地味だけど重要ゥゥゥ!」
カレジア村は、耕し、育ち、そして――育てる村へと、進化を始めておりました。
「やっぱりさぁ、あの村の学校、ちょっと“遊び”すぎなんじゃない?」
噂は、風に乗ってやってくる。
「子どもに“干し芋分配ゲーム”とかやらせてるって聞いたぜ?」
「そんなんで本当に“勉強”になるのかよなー」
数日後、わたくしたちの村に届いたのは――市場を通じて広まった、“ちょっとした陰口”の数々でした。
「まあ……“噂”ですものね」
わたくしは静かに微笑んでおりました。
でも、リリアは震えておりました。
「お嬢様……だ、大丈夫ですか?」
「ええ。“人が集まる”ということは、“評価される”ということでもありますから」
「でも、“村の教育が遊びすぎ”なんて言われたら……!」
「わたくし、“教育は遊び心から始まる”と思っておりますのよ」
「それ、公式の場で言ったら燃えます!!」
けれど。
その夜。
事件は起きました。
講堂の壁――
黒板代わりの壁に、誰かが落書きをしていったのです。
『バカ村のアホ学校』
「…………」
リリアが、無言で手を口にあてた。
わたくしも、言葉を失って、ただ、静かに、その文字を見つめていた。
「ひどい……」
「子どもたちが、見たら……!」
そうして、落書きを見た――ティナは、ぽろぽろと泣き出しました。
「なんで、こんなこと……あたし、勉強、がんばってたのに……!」
わたくしの中で、何かが“コトン”と音を立てて落ちたのを感じました。
怒り。悔しさ。無力感。
でもそのどれでもない、もっと深い感情。
「ティナ、ネル、そして皆さま。よろしければ、少しだけ――お話を聞いていただけますか?」
その夜、わたくしは“夜間特別授業”を開催することにしました。
灯りは焚き火。机は地べた。チョークはなく、代わりにわたくしの声。
「皆さま。わたくしが“学校”を作ろうと決めた理由は、ただひとつ。“この村で育つ子どもたちに、自分の未来を選ぶ力を持ってほしい”からです」
「未来……?」
「そう。たとえば、“農家になりたい”“職人になりたい”“旅に出たい”“歌を作りたい”――どんな夢も、“読み書きと考える力”が支えてくれます」
「……うん」
「でもそれは、決して“難しいこと”じゃない。“楽しく学ぶ”こと。“一緒に笑って覚える”こと。それが、“学ぶ楽しさ”の原点ですわ」
「……アメリアさん……」
「もし、“遊びすぎ”だと言う人がいるなら、わたくしはこう答えます」
そして、私は声を張り上げて、宣言しました。
「――この村の教育は、“楽しくて、何が悪い!”」
「おおおぉぉぉぉ!!!!!」
「開拓令嬢、初のガチ切れだぁぁぁぁ!!!!」
「笑って学んだ知識は、一生忘れません!悔しくて泣いたことも、きっと力になります! この村は、子どもたちが“自分の道”を耕せる場所でありたい!」
「アメリアさまぁぁぁ……!」
「鼻水出てるよリリア……!」
そのとき、ネルが小さな声で言いました。
「……アメリアさん。おれ……“先生になりたい”かも」
「――まあ!」
「最初は、字なんか書けなくてもいいって思ってた。でも、“できた”って嬉しかった。だから……誰かに教えてみたくなった」
「……それは、とても素敵な夢ですわね」
ティナも続きました。
「あたし、“ヤギ”って書けるようになったから、次は“アメリア”って書けるようになりたい!」
「まあ!?光栄ですわ!」
「でも、長いから“アメ”でいい?」
「アメ……ちょっとだけおいしそうですわね」
そして、事件の翌朝。
“落書き”の跡は、ティナとゼクスによって、上から“お絵かき”で消されておりました。
そこに描かれていたのは――
大きなトマトと、干し芋と、笑っている村のみんな。
「……この絵、しばらく消さないでおきましょう」
「ええ。これが、“わたくしたちの答え”ですもの」
その週末。
カレジア村は、村人たちの手で“村こども憲章”を掲げました。
【カレジア村こども憲章(仮)】
1.子どもは、元気に笑っていい
2.字が書けなくても怒られない
3.干し芋はみんなのもの
4.勉強は、楽しいものとする
5.夢は、好きに選んでいい
村は、少しずつ変わっていく。
土と、汗と、涙と、ちょっとの芋と笑いと――その全部が、未来の土台になる。
そしてわたくしは、今も思っております。
「教育とは、“人生を耕すための鍬”なのですわ」
カレジア村、今日も、子どもたちの笑い声が風に乗って響いている――。
「またとんでもないこと言い始めましたねお嬢様!?」
ある日、わたくしアメリア・ルヴァリエは、畑の水やり中に“あること”に気が付きましたの。
それは――。
「この村、誰も農業書を読んでませんわ!」
「そもそも本がありません!」
「でも一応、村の図書棚はございますわよ。“クワ取り扱い説明書”と“干し芋大全”と“ヤギ飼育超初級”の三冊ですが」
「全部うちの私物です!!!」
どうやらカレジア村、文化的には“農業的”でも“教育的”とは言い難い。
いやむしろ、言いようがない。
「これは……由々しき事態ですわね」
「まあ、村の再建だけで精一杯でしたしね」
「リリア、リィナ、ゼクス、ルーク、それからヤギ」
「なんでヤギ含んでるんですか」
「この村に、学校を作りますわ!」
「出たーーーーーーー!!!!!」
「村長令嬢、今度は“義務教育”にまで手を出したァーーーーーッ!!」
事の発端は、前日のこと。
行政から届いた“村政支援のためのガイドブック”には、こう書かれておりました。
【教育機関の有無も、正式登録の加点項目となります】
「……教育?加点?ならば即設立案件ですわ!」
「加点のために学校を建てようとする令嬢があるかァッ!!」
「でも、教育って……先生いないし、教科書もないし、そもそも校舎もないですよ?」
「問題ありませんわ。わたくしが、すべて用意いたしますの!」
「“自分で教える気満々”だーーーッ!!」
「開拓令嬢、教育係も兼任!もはや一人自治体!!」
その場にいた全員が、一歩下がったのをわたくしは見逃しませんでした。
翌日から始まったのは――。
“カレジア村、教育開拓計画”
【アメリア・ルヴァリエの教育構想】
・名称:カレジア村仮設講習所(通称:カレ学)
・目的:最低限の読み書きと計算、農業知識、村の歴史(※自作)
・講師:アメリア(主講師)、ガストン(体力担当)、ルーク(出席確認)
・教材:黒板(炭で壁に直書き)、ノート(羊皮紙切れ端)、チョーク(小石)
・備考:授業中の干し芋の持ち込み可
「この教育方針、どこからツッコめばいいんですか」
「まあ“最低限の道具で最大限の効果”がテーマですから!」
「黒板が壁ってところで“仮設”の限界を超えてますよ!!」
だが村の皆は――なんだかんだで協力してくれました。
ゼクスは椅子代わりの木箱を黙々と並べ、リィナは自作ポスターで生徒募集、ルークは「チョークって投げるもんじゃないんだね」と謎の学習をし、ガストンは筋トレと称して講堂(納屋)をリフォームしました。
そして開講初日。
わたくしは、即席の講壇に立ち、凛とした声で開口一番こう申しました。
「ようこそ、知の耕地へ!」
「いきなりカッコいいこと言ったーーーー!!」
「でも現場はほぼ納屋ーーーー!!!」
「この村では、農業も、生き方も、自分で“考える”ことから始まりますわ。――読み書きとは、自らを耕す道具にございます」
「今日の名言きたァァァ!」
こうして始まった、村の小さな学び舎。
生徒は少ないけれど、村には確かな“光”が差し込みはじめておりました。
「それでは本日から、算術の授業を始めますわ!」
「やばい……アメリア校長のテンションが日を追うごとに上がっている……!」
「一周回って光属性に見えてきた……!」
開講から三日。
カレジア村仮設講習所、通称“カレ学”は順調に(主観)運営されておりました。
講師はわたくしアメリア、講義内容は“読み書き・算術・農業基礎・干し芋知識”。教材はすべて手書き、チョークは毎朝石を削るところから始まります。
「村長、今日は“掛け算”ってやつを教えてくれるのか?」
「ええ、ルーク。たとえば、あなたが畑に“ニンジンを3列、各列に4本”植えたら、全部でいくつになりますか?」
「へぇ……ニンジンか……12本?」
「正解ですわ!ちなみにそれが“1日で12本”なら、“3日間続ける”といくつになりますか?」
「それは……12×3……36!!」
「お見事!ではその三分の一をリリアに差し上げた場合、あなたの手元には?」
「えっ?え、ええと……三分の一だから……12本引いて……24本!」
「すばらしい!その24本を、“塩漬け”と“天日干し”に12本ずつ加工して?」
「それは、干し芋にならなくない!?!?」
「落ち着いてください。教育はロマンですわ」
「ロマン万能説やめろーーーー!!」
と、そこへ――。
「おやおや、これはまた、風変わりな学校だねぇ」
「!?」
突然、講堂(納屋)の扉がきぃ……と音を立てて開き、一人の人物が現れました。
年のころは五十代前後、ゆったりとしたローブに、筆と帳面を携えた、いかにも“学者然”とした男。
その背後には、役人っぽい青年が控えておりました。
「どちらさまですの?」
「わたしは王都学務省の調査員、“ハルメット・ローベル”と申します。今回は“辺境教育の視察”で立ち寄らせてもらいました」
「ほ、本物の役所の人だ……!」
「よりによって授業中に……!」
「この村、常に“公式”とタイミングが悪い!!」
ハルメット氏は、失礼しますね、と言ってから講義の隅に座り、ノートを開いて静かに授業を眺め始めました。
「どうぞ、好きなだけご覧なさいませ。“開拓と教育”の融合、余すところなくお見せいたしますわ!」
「お嬢様がいつになく燃えてる……!」
「今日の授業、テストにしましょうかしら」
「ええええ!?!?」
こうして急遽、“実力確認テスト”が行われることとなったのです!
【第一回 カレジア村・知識検定(仮)】
・対象者:村の全住民(ヤギ除く)
・出題形式:筆記&口頭
・出題者:アメリア(容赦なし)
・合格基準:本人比で“昨日より成長してる感”があること
「よーい、スタートですわ!」
「問題1:『トマトは多年草である』○か×か」
「い、いきなりマニアックすぎるううう!」
「問題2:“二人で井戸を掘ると作業効率は何倍になるか、但しガストンが本気モードの時”」
「何その物理も絡む問題!?!?」
「問題3:ヤギの好物を三つ以上挙げよ(ヒント:昨日わたくしが語った)」
「覚えてないッ!!!」
「すべて“昨日の授業範囲”ですわ!」
「昨日のお嬢様の話、二時間ノンストップだったんですけどぉぉぉ!!!」
リリアは必死にノートの断片をめくり、ゼクスは表情を微妙に変化させながら小石で答えを書き、ルークは途中からギャグ回答に走り、ガストンは「トマトと俺は同志」と書いて0点でした。
だが、終了後――
「うん……でも、これ……意外と“わかってきた感”あるな」
「昨日より字がきれいに書けた気がします」
「ゼクス、問題文書いてた石、表面研磨されてて綺麗ですね!」
「勉強というより彫刻かもしれません……」
テストの点ではなく、“学ぶ姿勢”が育っている。
それが、わたくしにとって、何よりの成果でございました。
「素晴らしい、実に素晴らしい……!」
「!?」
教壇の隅から、感嘆の声が上がりました。
視察官、ハルメット氏――彼は、穏やかな笑みを浮かべて立ち上がり、拍手を送りながらこう言いました。
「確かに形式は簡素、教材は粗末、施設も不十分。しかし――“教育の核”は、確かにここにある」
「まあ!」
「この村には、“教える者の情熱”と、“学ぶ者の意志”がある。これ以上の教育は、どこにもないかもしれません」
「や、やったぁ……!」
「これってもしかして、加点……!?」
「……評価は、持ち帰って検討しますよ。ただし」
「ただし……?」
「“継続”こそが教育です。一時の熱では、実を結びません。次回の視察で、もう一度その熱を見せてください」
「……もちろんですわ!その時までに、さらに高みに参りますわ!」
「おおっ……!令嬢、教育フラグ成立!」
「学務省、攻略完了です!」
「乙女ゲーか!?」
ハルメット氏は、満足そうに微笑み、静かに馬車に乗って去っていきました。
あとに残されたのは、疲労困憊と、そして小さな達成感。
「教育って……けっこう楽しいのね」
「リィナ、あなたに言われると、格別ですわ」
「まあ、バカにされっぱなしは癪だし……少しくらい、やってやってもいいかなって」
「それ、“村で学ぶ理由”としては最高ですわよ」
カレジア村に、新たな風が吹き始めた。
“学ぶこと”を知った村は、少しずつ、土の匂いだけではなく、本の匂いも持ち始めたのです。
「お嬢様、大変です!」
「また水道管が破裂しましたの?」
「違います!子どもが!村に子どもが来ました!」
「……え?」
思考停止。
わたくしアメリア・ルヴァリエ、開拓令嬢、仮設講習所学長、チョーク削り歴17日の者にとって、あまりにも突然で劇的な報告でした。
「子ども!?どこから!?」
「昨日、ルークとゼクスが市場へ行った際、“パンフレットと干し芋”を配布したそうで……」
「干し芋が招いた奇跡――!」
「また芋かァァァ!」
そうして、わたくしが講堂(納屋)に急行すると、そこには確かに。
小さな少年と、まだ幼い少女が座っておりました。
「あっ、ほんとに……!ちいさい……!」
「ちいさいって、あたし、もう七歳だもん!」
「兄ちゃんに連れてこられただけだから、俺、帰っていい?」
二人は、スレン村からやってきた“開拓関心者の家族”の子どもで、どうやら「面白そうな村に、面白そうな学校がある」と聞いて、ふらっとやってきたそうです。
「……まあ、子どもを連れて“ふらっと”来る時点で色々どうかと思いますけれど!」
「でも……アメリア様、どうします?」
「決まってますわ。わたくし、この村に“子どもの居場所”を作ります!」
「出たーーーー!!」
「村長令嬢、今度は“保育士”の資格まで取る気ィィィ!!」
【緊急設立】
■カレジア村児童対応部門:仮称「ちびっこ課」
・対象年齢:6〜9歳(今のところ二人)
・活動内容:お絵かき、読み書き練習、昼寝、芋投げ(危険)
・運営体制:アメリア(教育全般)、リリア(おやつ係)、ルーク(なぞなぞ係)、ゼクス(紙芝居制作)
「さあ、まずはお名前を教えてくださる?」
「わたし、ティナ!お絵かき大好き!」
「ボク、ネル。……勉強とか、あんま、好きじゃない」
「なるほど。ならば、あなたには“畑計算ゲーム”から始めてみましょうか!」
「ええええ!?何それ!」
「たとえば、ニンジンを四列植えたら、一本に対して水を何杯あげればいいでしょう、って問題ですわ!」
「畑のどこに知育教材を混ぜたの!?!?!?」
わたくし、基本は“耕しから教える”主義ですの。
ですが子どもたちは――
「……ちょっと、楽しいかも」
「わたし、字をかけるようになったら、“ヤギ”って書いてみたい!」
「なぜそこから!?」
「だって村でいちばんえらそうだから!」
「完全にヤギが上司扱いになってる!!」
やがて子どもたちは、畑の脇に作られた即席の遊び場で遊びながら、少しずつ文字に興味を持ち始めてくれました。
「リリア、あの子たち、ちゃんと笑ってますわね」
「ええ、“教育が楽しい”って……本当にすごいことです、お嬢様」
ですが――その晩。
「アメリアさん、ちょっと相談があるんだけど」
保護者として付き添っていたティナの兄(スレン村の青年)が、わたくしのもとを訪ねてきました。
「村で過ごしてる間に、あの子たちが楽しそうにしてるのを見て……正直、ここに“住めないかな”って考えたんだ」
「まあ!」
「ただ、やっぱり……この村、まだ“子どもを育てる環境”としては不安もあってさ」
「……具体的には?」
「医療、衛生、栄養。あと、教育もね。……その、本当に“ここで育って、大丈夫か?”って、考えちゃって……」
その言葉は、胸に刺さりました。
わたくしが“開拓”と“改革”を進めてきたこの村。でも――。
“子どもを育てられる村”には、まだ遠い。
「わたくし、覚悟いたしましたわ」
「え?」
「子どもが育てられる村に、“必ず”いたします。ですので……この子たちを、安心して預けていただけるよう、もう一段階、村を進化させますわ!」
「……アメリアさん」
「令嬢は“子育て”にも全力ですのよ!」
「ついに令嬢が保育にも着手しはじめたァァァァ!」
翌日から、“村の子育て環境整備プロジェクト”が始動。
・井戸の水質、再検査(リリアが水を味見)
・食事のバランス確認(干し芋以外を仕入れる大冒険)
・仮設の医療箱設置(ゼクスが石から削って作成。木でいいのに)
・村のトイレの再整備(ルークが泣きながら頑張った)
・“ヤギに乗って遊ばない条例”制定(ティナによる抗議署名、2件)
「こうして見ると、村って“子ども”ひとりで一気に動くんですね……」
「子は、未来ですから!」
「それっぽく言ったァァァ!」
そして数日後。
「アメリアさん、ありがとう。俺たち、しばらくこの村で暮らしてみようと思う」
「まあ!」
「ティナが、“学校たのしい”って言っててさ。あいつ、前は教室で泣いてばかりだったのに……」
「それは、きっと……この村が、“居場所”になったということですわ」
「……うん。そう思う」
子どもが笑う村は、きっと、強い。
それは、“村が生きている”証なのですから。
その夜、焚き火を囲みながらの“新村民歓迎会”で、わたくしは宣言いたしました。
「次なる目標は、“カレジア村こども憲章”の制定ですわ!」
「なんだそれーーー!?!?」
「教育の制度化、育児支援、そして――“おやつは干し芋だけに限らない”自由を!」
「地味だけど重要ゥゥゥ!」
カレジア村は、耕し、育ち、そして――育てる村へと、進化を始めておりました。
「やっぱりさぁ、あの村の学校、ちょっと“遊び”すぎなんじゃない?」
噂は、風に乗ってやってくる。
「子どもに“干し芋分配ゲーム”とかやらせてるって聞いたぜ?」
「そんなんで本当に“勉強”になるのかよなー」
数日後、わたくしたちの村に届いたのは――市場を通じて広まった、“ちょっとした陰口”の数々でした。
「まあ……“噂”ですものね」
わたくしは静かに微笑んでおりました。
でも、リリアは震えておりました。
「お嬢様……だ、大丈夫ですか?」
「ええ。“人が集まる”ということは、“評価される”ということでもありますから」
「でも、“村の教育が遊びすぎ”なんて言われたら……!」
「わたくし、“教育は遊び心から始まる”と思っておりますのよ」
「それ、公式の場で言ったら燃えます!!」
けれど。
その夜。
事件は起きました。
講堂の壁――
黒板代わりの壁に、誰かが落書きをしていったのです。
『バカ村のアホ学校』
「…………」
リリアが、無言で手を口にあてた。
わたくしも、言葉を失って、ただ、静かに、その文字を見つめていた。
「ひどい……」
「子どもたちが、見たら……!」
そうして、落書きを見た――ティナは、ぽろぽろと泣き出しました。
「なんで、こんなこと……あたし、勉強、がんばってたのに……!」
わたくしの中で、何かが“コトン”と音を立てて落ちたのを感じました。
怒り。悔しさ。無力感。
でもそのどれでもない、もっと深い感情。
「ティナ、ネル、そして皆さま。よろしければ、少しだけ――お話を聞いていただけますか?」
その夜、わたくしは“夜間特別授業”を開催することにしました。
灯りは焚き火。机は地べた。チョークはなく、代わりにわたくしの声。
「皆さま。わたくしが“学校”を作ろうと決めた理由は、ただひとつ。“この村で育つ子どもたちに、自分の未来を選ぶ力を持ってほしい”からです」
「未来……?」
「そう。たとえば、“農家になりたい”“職人になりたい”“旅に出たい”“歌を作りたい”――どんな夢も、“読み書きと考える力”が支えてくれます」
「……うん」
「でもそれは、決して“難しいこと”じゃない。“楽しく学ぶ”こと。“一緒に笑って覚える”こと。それが、“学ぶ楽しさ”の原点ですわ」
「……アメリアさん……」
「もし、“遊びすぎ”だと言う人がいるなら、わたくしはこう答えます」
そして、私は声を張り上げて、宣言しました。
「――この村の教育は、“楽しくて、何が悪い!”」
「おおおぉぉぉぉ!!!!!」
「開拓令嬢、初のガチ切れだぁぁぁぁ!!!!」
「笑って学んだ知識は、一生忘れません!悔しくて泣いたことも、きっと力になります! この村は、子どもたちが“自分の道”を耕せる場所でありたい!」
「アメリアさまぁぁぁ……!」
「鼻水出てるよリリア……!」
そのとき、ネルが小さな声で言いました。
「……アメリアさん。おれ……“先生になりたい”かも」
「――まあ!」
「最初は、字なんか書けなくてもいいって思ってた。でも、“できた”って嬉しかった。だから……誰かに教えてみたくなった」
「……それは、とても素敵な夢ですわね」
ティナも続きました。
「あたし、“ヤギ”って書けるようになったから、次は“アメリア”って書けるようになりたい!」
「まあ!?光栄ですわ!」
「でも、長いから“アメ”でいい?」
「アメ……ちょっとだけおいしそうですわね」
そして、事件の翌朝。
“落書き”の跡は、ティナとゼクスによって、上から“お絵かき”で消されておりました。
そこに描かれていたのは――
大きなトマトと、干し芋と、笑っている村のみんな。
「……この絵、しばらく消さないでおきましょう」
「ええ。これが、“わたくしたちの答え”ですもの」
その週末。
カレジア村は、村人たちの手で“村こども憲章”を掲げました。
【カレジア村こども憲章(仮)】
1.子どもは、元気に笑っていい
2.字が書けなくても怒られない
3.干し芋はみんなのもの
4.勉強は、楽しいものとする
5.夢は、好きに選んでいい
村は、少しずつ変わっていく。
土と、汗と、涙と、ちょっとの芋と笑いと――その全部が、未来の土台になる。
そしてわたくしは、今も思っております。
「教育とは、“人生を耕すための鍬”なのですわ」
カレジア村、今日も、子どもたちの笑い声が風に乗って響いている――。



