令嬢は農地改革から始めるそうです 〜王都を飛び出したら人生が充実しすぎて困る〜

ある日、セスティア王国より一通の正式文書がカレジア村に届いた。

差出人:王室直属人事局。
宛名:クロイ・ディラン。

『王室戦略顧問職、対外政策局長に昇任す』

ティナ「……えっ、顧問って今ままでも“かなり偉い人”だったのでは?」
ルーク「いや、それより“リリアさん王都へ引っ越すってこと!?”」

リリアは、紙を手にしたまま静かに笑っていた。

「まさか、“出世”という耕しが、わたくしたちを旅立たせるとは……」

その夜。
アメリアの屋敷の縁側。

リリアは小さな風呂敷を畳みながら言った。

「……いざ“離れる”と決まると、やっぱり名残惜しいです」

アメリアはいつものように干し芋を手に、彼女の隣に腰を下ろす。

「名残惜しさとは、“愛した証”でございますわ。あなたが耕した時間は、ここにちゃんと残っております。ですから安心して、次の畝へ向かってくださいましな」

リリアの目がうるんだ。
「アメリア様、やっぱり……最後の言葉はそちらに持っていかれますのね……」

「では最後に、干し芋を二つに割って、半分ずつ」

「ええ。わたくしにとっても、これは“祝福の儀式”ですの」

その夜、村中の掲示板に告知が貼られた。

【ディラン夫妻 ご出立お見送り式】
・日程:明朝七時・芋畝前広場
・形式:土着式送別(干し芋進呈可)
・備考:“これまでありがとう”は言っても、泣くのは禁止

カレジア村から初めて、“誰かが外へ向かって旅立つ”日が、静かに近づいていた。

翌朝七時。

カレジア村・芋畝前広場。

まだ朝霧が残る中、村人たちがぽつりぽつりと集まってきた。

リリアとクロイの旅立ちを見送るため、そしてこの村から初めて“外へ出る者”を見送るため。

ガストンは黙って干し芋を積んだ木箱をクロイに差し出す。
「これ、おやつ用。道中は長ぇだろ?」

ゼクスは小さな石板をリリアに渡した。
「“仕えた記録”はもう村に刻まれている。これは“仕えてきたあなた自身”の言葉で補完を」

ルークは涙声で叫んだ。
「リリアさーん!出発前に芋文通再開の約束だけしてくださいー!!!」

ティナはリリアに抱きついて、思わず言った。
「リリアさんの“ただいま”待ってます……いつでも、ぜったい、戻ってきてください……っ」

リリアはそれぞれに、言葉をかけ、微笑みを返し、そして最後にアメリアの前に立った。

「アメリア様……。この十年間、わたくしは、どこまでも“あなたの傍ら”に在りたいと願い続けてまいりました。ですが今日からは、自分の意思で、自分の手で、誰かの隣を選び、生きていきます」

アメリアはそっと微笑んだ。

「その言葉こそが、あなたの“仕える”を卒業する音ですわね。でも、卒業とは、“縁を終わらせる”ことではありませんの。“また会うために、今は別れる”こと——それもまた、耕し方のひとつですわ」

リリアの目に涙があふれた。
「……アメリア様……この村で過ごしたこと、絶対に誇りにいたします」

そして、クロイとリリアは馬車に乗り込む。

出発の瞬間、村人全員が手に持っていた“干し芋”を一斉に高く掲げた。

「「リリア様、クロイ顧問、どうかお元気で!!」」

干し芋が、朝日に照らされて、金色に透けた。

リリアが馬車の窓を開けて、小さく手を振る。

「みなさまの“日々の畝”、これからも末永く、まっすぐでありますように……!」

その声を最後に、馬車はゆっくりと村を離れていった。

アメリアは静かに目を閉じた。

「さあ、今日もわたくしたちは、ここで耕してまいりましょう」

リリアとクロイの乗った馬車が遠ざかったあと、芋畝前広場に残されたのは静かな風と、干し芋のやわらかな香りだった。

ティナはその場にしゃがみ込んで、ぽつりとつぶやいた。
「……なんだか、胸のあたりがぽっかり空いてます」

ルークが横に座り込む。
「“誰かの旅立ち”ってこういう気持ちなんだな……」

ゼクスは静かに、残された祝賀石板の裏面に新たな彫り込みを始めていた。

【耕された者は、また次の畝を耕す者となる】

その日の午後、アメリアは村役場で静かに書類を読み進めていた。

すると、ひとりの若者が恐る恐る扉を開けた。

「アメリア様……あの、“村政補佐役”って、今も募集されていますか?」

彼の背中には、干し芋型のバッジがついていた。

アメリアは笑った。
「ええ。ようこそ、“鍬の重さ”を背負う者へ」

リリアの遺した書類には、詳細な業務マニュアルとともに、こう書かれていた。

『わたくしの耕しを、どうか“今日”に生かしてくださいましな』

夕刻、いこいばに集った子どもたちの間で、こんな会話が交わされた。

「ねえ、“村の外”って、どんなところなんだろう?」
「リリアさん、ちゃんと無事かな……?」

アメリアは縁側からその声を聞きながら、干し芋をひとつ割った。

「いずれあなたたちも、同じ問いを携えて旅立つ日が来るでしょう。でも心配は要りませんわ。“戻る場所”が、ここにありますもの」

村には、確かに“次の畝”が芽吹きはじめていた。

数日後、村役場に一通の手紙が届いた。

差出人:リリア・ディラン
宛先:カレジア村の皆様へ

封を開けた瞬間、干し芋の甘い香りがふわりと立ち上がった。

ティナ「……芋便です!!」
ルーク「開けただけで泣きそうなんだけど!!」

アメリアは椅子に腰かけ、静かに手紙を読み上げた。

『親愛なるカレジア村の皆様へ

いま、王都の窓から見える景色は、まだ少し堅苦しくて、まっすぐではなくて、けれど確かに、畝を探しながら生きる場所です。

クロイは相変わらず言葉より報告書のほうが雄弁ですが、朝は“おはよう”を、夜は“今日も耕せたか”を、忘れずに伝えてくれますの。

この村で過ごした年月が、今もわたくしの中でぬくもりを持って響いています。

芋の干し加減も、鍬の重みも、そして何より“誰かと耕す”ことの意味も。

いつかまた、ふらりと畝の端に戻ってきたとき、どうかその時も、皆さまの“ただいま”がそこにありますように。

干し芋と共に、敬意と感謝を込めて

リリアより』

読み終えた瞬間、誰ともなく拍手が広がった。

ルークは鼻をすする。
「こんなのずるい……芋が香る文面って、反則だよ……」

ゼクスは石板を手にこう記した。

【記憶とは、離れてなお耕されるもの】

アメリアは窓の外を見つめながら、干し芋を半分に割った。

「やはり、あなたはこの村の空気そのものでしたわね」

村のあちこちに、リリアの手紙は複写され、掲示され、誰もがその言葉のあたたかさを胸に刻んだ。

その日、カレジア村には風が吹いた。

まっすぐで、やさしくて、どこか“帰ってきそうな”風が。

新たな補佐役、ユルク・ランバートは、少し頼りないが真面目な青年だった。

朝五時の書類整理から始まり、午前中は畝割議案の下読み、午後は各地区の耕地報告の取りまとめ。

「……リリアさん、これ全部ひとりでやってたんですか……?」

ティナ「そうですの。でも、ユルクさんのほうが“机に書類を散らかす速度”は上ですね」

ルーク「そして“干し芋食べ忘れ率”も最速更新中……倒れないでね!?」

ユルクは額に汗をにじませながら笑った。
「でも……“村のリズム”に、自分も少しずつ乗れるようになってきました」

アメリアはその様子を静かに見守りながら言った。

「引き継ぐとは、模倣することではありませんの。あなた自身の“耕し方”を探してまいりましょう」

ある日、ユルクは自分の手で書いた“村政報告板”を広場に掲示した。

【本日の耕し通信:村内南畝の雨水勾配に改良案あり】
→ご意見お待ちしてます(干し芋も一緒にいただければ嬉しいです)

すると、その張り紙には夕方までに13枚のメモと干し芋が添えられた。

ゼクス「これはもう“村政芋ポスト”ですな」

ルーク「しかも半分以上“がんばれ”系だよ!? ユルクさん応援されてる!!」

ユルクは恥ずかしそうに笑った。

「……ちゃんと、リリアさんの後ろじゃなく、村の“横”に立てるようになりたいです」

アメリアはゆっくりと頷いた。

「ええ、その言葉があれば十分ですわ。村は、“誰かが背負う”ものではなく、“皆で支え合う”ものですもの」

夕暮れ、広場に集まった村人たちは、小さな声で言葉を交わしていた。

「……ユルク君、なかなかやるわね」
「“見えないところ”を耕してる感じ、リリアさんに似てるかも」

アメリアは空を見上げた。

「今日もまた、新しい畝が、きっと耕されておりますわね」

ユルクの補佐役生活が始まって一ヶ月。

村のリズムに少しずつ馴染み、村人たちの声を拾いながら、自分なりの歩幅で“支える”ことを覚えてきた。

ある日、アメリアは広場の一角に設けた縁側スペースに腰を下ろしていた。

干し芋と、温かいお茶。そして、一枚の石板メモ。

【本日のお便り:ユルク補佐、村議案資料をまとめて“芋箱収納方式”に変更。意外と好評】

アメリアはそれを見て、そっと笑った。

「やはり耕しとは、記録の形を超えて“人と人”を育てていくものですわね」

その頃、ユルクは村人の提案を集める“広場対話会”を開いていた。

「村議会って……なんだか近寄りにくいって声もあったので、“芋と意見を持ち寄る日”にしてみました」

ルーク「発想が柔らかい!干し芋みたいに!?」

ティナ「むしろ発酵してるかも……いや、いい意味でです!」

ユルクは微笑んだ。

「僕も最初は、“仕える”ってどういうことかわからなかったけど……。いまなら少しだけ、“支える”ってことが、“隣にいる”ってことだって思えます」

夜、アメリアは日誌にこう記した。

『リリアが去った日、ひとつの畝が空いた。でも今日、ユルクが自分の足でその隣を歩き始めた。それだけで、村はまた少し“育っている”』

風が吹き抜け、干し芋の甘い香りが、静かに広がっていった。

数日後、ユルクはひとつの提案を抱えて広場に立っていた。

「こんにちは、今日は少し、みなさんに聞いてみたいことがあるんです」

村人たちがちらちらと顔を向ける。

「“カレジア村のこれから”を考える集まりを、定期的に開いてみませんか?まだ具体的な案があるわけじゃないけれど、ただ、耕すことを“共有できる時間”を増やせたらと思っていて」

アメリアは、その言葉を遠くから聞きながら、そっと頷いた。

「問いかけとは、“誰かと未来を歩きたい”という耕しの最初の一鍬ですわ」

ルーク「“みんなで未来会議”って名前どうかな!」

ティナ「そのタイトル、ちょっと楽しそう!」

数日後、第一回“未来会議(仮)”が村の集会所で開かれた。

議題はただひとつ。
『これからも、この村で“育ち合う”にはどうしたらいいか』

ユルクはメモを片手に、静かに語った。

「大きな変化がなくてもいい。けれど、毎日が“耕されている実感”を持てる村であれたら。そうしたら、また“外に出た誰か”も、“ここにいて育った誰か”も、きっとまた戻ってこれる気がして」

沈黙のあと、誰かが言った。
「それ、リリアさんがいた頃と、根っこは変わらないね」

そして、拍手が起こった。

その夜。
アメリアは星空の下で干し芋を割りながら、小さく微笑んだ。

「人が去っても、思いが続いていく。これが“文化”というものですわね」

翌朝、村の掲示板にはこんな言葉が掲げられていた。

【“未来を耕す会” 発足決定!】
集まってもよし、見守るだけでもよし、干し芋持参大歓迎。

カレジア村は、今日もまた、静かに芽を伸ばしていた。

その日の午後、アメリアは家族と過ごすため、庭へ出た。

木漏れ日が降り注ぐ縁側。畝のそばでは、クロード・アルヴァ=ヴァレンティアが娘を抱え、赤ん坊用の布製鍬を振らせようとしていた。

「よし、リズ、鍬はこう振るんだ。リズ!鍬って言ってみようか!」

「うわーっ!」

「発音は惜しいけど力強さは満点だね」

アメリアは微笑みながらお茶を持ってやってくる。

「クロード、干し芋を忘れてはならなくてよ?」

「はっ!そうだった。耕しとは“食べながら学ぶ”ことだった!」

もう一人の赤ん坊、弟のユールは畳の上でごろんと寝返りを打っていた。

アメリアは子どもたちのほっぺをひとつずつつついて、そっとクロードの隣に座る。

「リリアが旅立ち、ユルクが育ち……いま、この村に根を張っているすべてが、穏やかに進んでおりますわ」

クロードは娘の小さな指を見つめながら言う。

「……アメリア。この子たちがいつか、この村ではないどこかに立つ時が来るのかな」

「その日が来たら、背中を押してあげましょう。干し芋を半分に割って、旅立ちの儀式を」

「……うちの儀式、芋中心すぎない?」

「カレジア村の文化ですわ」

ふたりは声を合わせて笑った。

縁側には赤ん坊の笑い声、父の鍬の真似をする手、母のやさしいまなざし。

そして、小さく刻まれた一言が石に彫られた。

【しあわせとは、“今日を耕せた”と笑えること】

その日の風は、とてもやさしかった。