令嬢は農地改革から始めるそうです 〜王都を飛び出したら人生が充実しすぎて困る〜

「次の支援先、決まりましたわ」

アメリアが馬車の中で広げた地図を指差す。

目的地は、西部高台に位置する“トルナ村”。

「定着率12%。村民の半数は“開拓支援自体に反発的”。行政への不信、代表不在、対話拒否が続いている場所です」

「まって。それってもう“村”として成立してないんじゃ……」

「だからこそ、行く価値がありますの」

馬車はがたんと揺れ、風がきしむ。

「前回のルグレア村と違って、今度は“対話の糸口すらない”可能性が高い」

「つまり、“耕しに行く”というより、“壁に鍬を叩きつける”ようなものですね」

「ええ。ですから今回は、“支援”という言葉そのものを問い直す必要があるかもしれません」

アメリアの視線は、すでに“まだ名のない土地”の向こうを見据えていた。

馬車がトルナ村の門前に到着したのは、午後の日差しが村の影を濃くし始めた頃だった。

門は閉ざされていた。無言の拒絶。

「……誰か、いらっしゃいませんの?」

呼びかけに応える者はいない。だが、視線は感じた。

木の柵の隙間から、石の建物の影から、鋭く冷たい目線が向けられていた。

「完全に“外からの介入者”扱いですね……」

「正直、棒人間すら入り込めない雰囲気だ……」

それでもアメリアは、正面に立ち、門を叩いた。

「カレジア村・開拓連盟支援隊、アメリア・ルヴァリエと申します。わたくしたちは、“支配しに来た”のではありません。“耕す選択肢を届けに来た”のです」

それでも門は開かない。

数分の沈黙。

やがて、門の上から男の声が落ちてきた。

「帰れ。もう“自分たちのために来た”という言葉には、飽きた」

アメリアは即座に返す。

「それなら、わたくしは“あなたたちのため”には来ていません。“わたくしたちの未来のため”に来たのです」

「……なんだと?」

「あなたたちが“ここで暮らす”という選択肢を失えば、連盟そのものが“機能不全”になる。それはすなわち、開拓という言葉が“砂の上の理想”になるということです。だから、わたくしたちは来ました。“ここで暮らし続けるために、あなたたちに選んでほしい”と」

再び沈黙。

ルークが呟いた。
「……お嬢様、理論と情熱を同時にぶつけるの、反則ですよ……」

バタン、と音を立てて門が少しだけ開いた。

その隙間から現れたのは、ボサボサの黒髪と深い眼差しを持つ青年だった。

「俺はラド。村の臨時代表だ。話は……聞いてやる」

アメリアは、一歩前に出て、微笑んだ。

「ありがとうございます。ではまず、鍬と椅子を一脚、貸していただけますか?」

「椅子?」

「ええ。“ここに座る理由”を、まず耕しますの」



臨時代表ラドに案内されたのは、村の中心にある石造りの集会所。

「中に入ってもいいが、ここでは誰も歓迎しねえ。忘れんな」

「心得ておりますわ」

木製の長机、固い椅子。そこに座ったラドの背には、言葉より重い沈黙があった。

アメリアは、その向かいにゆっくりと腰を下ろす。

「まずは、お話を聞かせてください」

「聞いてどうする。どうせ、上の都合で“支援対象地”に選ばれたってだけだろ」

「“上”の意志で来たのは事実です。ですが“わたくしたち”が動いているのは、“下から積み上げる未来”のためです」

ラドの眉が少しだけ動いた。

「綺麗事だな」

「ええ。綺麗事を“実際に耕してきた”のが、わたくしたちカレジア村ですの」

「……耕したものが腐ることもある」

「土が腐るのではありません。“信頼”が“見放される”ことこそ、腐敗のはじまりですわ」

一拍の沈黙。

ラドは机の上に拳を置いた。

「いいか。“この村”は、3回、支援を受けて裏切られた。最初は農具だけを渡され、実地指導なし。次は行政が派遣した技官が“やる気がない”と切り捨てて帰った。最後は、視察名目で来た連盟職員が、“やっぱりこの村は無理だ”と文書に書いたのを読んだ。そうして、“自分たちは見限られた”と知ってなお、誰を信じろって言うんだよ」

静かに、アメリアは答えた。

「信じていただかなくて、構いませんわ」

ラドが目を見開いた。

「わたくしは、“支援に信頼を求める”とは思っておりません。支援とは、“信頼されたい側”が“努力し続けること”に意味があると考えております。だから、まずは鍬を振らせていただきますの」

「……へえ」

「“信じられる”かどうかではなく、“何が残るか”で支援の価値は決まるはずです」

ラドは立ち上がった。

「……明日の朝、お前らのやり方を見せてみろ。その上で、“この村で何ができるか”を話してやる」

アメリアは深く一礼した。

「光栄ですわ」

その夜、支援隊の宿舎(倉庫を改修したもの)で、ルークがふと呟いた。

「お嬢様、今日すごかった……火花っていうか、“思想の地割れ”だった……」

「でも……耕しとは、元々“硬い土”を相手にするものですわ」

翌朝。空気は冷え、土はまだ湿っていた。

だが、アメリアは既に鍬を握っていた。

「わたくしたちは、“命令”をするために来たのではありません。ただ、“手を動かす姿”を見せることで、あなたたち自身に問いを投げかけますの」

広場の一角に設けられたデモ畑。

アメリアが耕し、ガストンが整地し、リリアが資料整理。
ルークは実況と棒人間看板の設置、ゼクスは“鍬の使い方”を彫った石板を立てた。

「支援って……講義じゃないのか」

「黙って、やって見せるだけ?」

村人たちの戸惑いは、やがてざわめきに変わる。

その日の昼過ぎ。

子どもたちが近づいてきた。

「これ、触っていい?」

「わたしも、やってみたい……」

「もちろん。鍬には“誰かの名前”なんてついていませんから」

子どもたちが畝を踏みしめ、初めての耕しに声をあげる。

その姿を見て、大人たちが動いた。

「……あいつらが、土に触れたのは初めてだ」
「じゃあ、オレらはそれを“育てる側”に回るべきかもな」

午後には、計7名の村人が耕作に加わっていた。

夕刻。

ラドが現れ、畑の前で立ち止まった。

「……見せるだけ、ってのは、本当に効くんだな」

アメリアは微笑む。

「ええ。“土の音”は、言葉より届きますの」

ラドは一歩踏み出して、鍬を手に取った。

「……俺にも、貸してくれ」

その瞬間、村人の誰かが言った。

「……村長の手だ」

言葉は短く、だが確かなものだった。

支援八日目。空は晴れ渡り、朝露に濡れた土はやわらかかった。

広場では、村人たちとカレジア支援隊が共に並び、
最後の“共耕式畑づくり”に取りかかっていた。

ラドが最前列で鍬を振るい、ゼクスの石板指示に従って作業が進んでいく。

「……この畝、真っ直ぐじゃないけど、なんかいいな」
「まっすぐだけが“正しい耕し方”じゃないってことですね」
(リリア)

アメリアは畑の中央で手を止め、周囲を見渡した。

かつて沈黙と拒絶に覆われていた場所に、いま確かに“声”があった。

笑い声、土を叩く音、鍬を置いて腰を伸ばす仕草。

それはすべて、“生きている村”の証だった。

午後。

支援隊の帰還を前に、村人たちがひとつの提案を持ってきた。

「この畑……名前をつけたいんだ」

アメリアは目を見開いた。

「ええ、もちろん。どんな名前を?」

ラドが、一歩前に出て言った。

「“アメリア畝”」

「えっ!?」(支援隊全員)

「いや、“カレジア”でもよかったんだけどさ……お前の鍬が、この村の“最初の音”だったから」

アメリアは一瞬だけ戸惑い、そして、深く頭を下げた。

「身に余る光栄ですわ。では、もうひとつ提案をさせていただいてよろしいかしら?」

「お?」

「“アメリア畝”ではなく、“第一畝”と名付けてくださいませんか」

「それは……なぜ?」

「この先、“第二畝”も、“第三畝”も、あなた方自身の手で育てていくべきだからです」

ラドが、にやりと笑った。

「了解だ。……なら、俺たちが責任持って“第二”を耕すさ」

広場に、拍手と笑いが溶けていった。

その夕暮れ。

アメリアは広場の端に小さな杭を立てた。

そこにはゼクスが刻んだ文字があった。

【第一畝:この畝は、信頼を土に変えた鍬の音から始まった】

支援最終日。朝靄の中、支援隊は荷物をまとめていた。

だが、その日はいつもと違っていた。

村の広場には、すでに村人たちが集まり、何かを準備していたのだ。

「これは……?」

ラドが前に出る。

「見送り式だ。俺たちが“初めて主催する式典”だ」

中央に飾られていたのは、村人たちが手作りした“鍬型の木彫りオブジェ”。

その下には、子どもたちが描いた絵と、手書きの言葉が並んでいた。

『ありがとうカレジア』
『また来てねアメリアおねーちゃん』
『鍬が好きになったよ』

アメリアは、喉の奥が熱くなるのを感じた。

リリアは鼻をすすりながら小声で言う。

「お嬢様、“支援”って、こんなに重くて、あたたかいものだったんですね……」

ラドがアメリアに、小さな木箱を差し出す。

「これは、村で初めて掘った芋だ。小さいけど、オレたちの“再出発の証”だ」

「……受け取りますわ。とても、大切なものとして」

ルークが叫ぶ。

「干し芋にしたら永久保存するぞおおお!!」

「干し芋にする前提ですの!?」

そのとき、ゼクスが最後の石板を立てた。

【ここに、第一の鍬が置かれた。次は、誰かの手に。】

馬車が揺れる。

村の風景が遠ざかる。

アメリアは後ろを振り返り、小さく手を振った。

「さようなら、“トルナ村”。いえ、“歩き始めたあなたたち”へ」