「アメリア様に、新たな縁談が届いております」
その一言で、村の空気は凍りついた。
報告したのはリリア。届けられたのは、王都からの正式文書。
差出人――“エインワース公爵家”。
そう、かつて“開拓令嬢”を「将来性込みで口説いた」あのギルベルトの家である。
「また、ですの……?」
アメリアは鍬を握ったまま、空を見上げる。
その瞳に浮かぶのは、戸惑いではない。責任と、少しの疲労、そして……淡い痛みだった。
「これは完全に“仕切り直し”狙いですね!」
ルークが文書を持って走り込んできた。
「内容は……“カレジア村の成長に鑑み、改めて同盟を前提としたご縁談を”……とありますわ」
「表向きは丁寧だけど、内心“やっぱり使える”って思ってるやつじゃん!」
リリアが苛立ちを隠さず唸る。
「アメリア様は“誰かの飾り”じゃありませんわ!」
アメリアは静かに、クロードのことを思い出していた。
――旅の青年。――村を耕す手を持ち、未来を語る目を持つ男。――まだ“恋人”とは呼べない、けれど。
「……わたくし、この件は“自分で決着”をつけますわ」
「それって、どうするんですか?」
「相手に“こちらから会いに行く”のです」
「アメリア様、自ら!?」
「ええ、“恋も外交も、耕すもの”ですもの」
数日後。
王都・エインワース邸。
広大な庭園、磨き上げられた大理石の廊下、香水と権威の香りが漂う応接間。
そこに、鍬を携えて現れた令嬢が一人。
「久しぶりだね、アメリア嬢」
ギルベルト・エインワース。微笑は相変わらず、だがその奥の計算もまた変わらない。
「今回の申し出、嬉しく思っているよ」
「ええ、わたくしも“話がある”と思って参りました」
二人きりの応接室。紅茶の香りと静けさの中。
アメリアはまっすぐ彼を見つめて言った。
「貴方の視線には“わたくし”が映っていない」
「……なんだって?」
「貴方が見ているのは、カレジア村の成長、連盟の影響力、そして“わたくしの肩書き”です。ですが、わたくしは“個人としての関係”を築きたい。“肩書き抜きの隣人”を、選びたいのです」
ギルベルトは一瞬口を閉じ、そして笑った。
「……強くなったね。以前はもっと、迷いがあったように見えた」
「迷っている暇など、畑には与えられませんの」
「了解した。今回の話は、ここで終わりにしよう」
「ありがとうございます」
去り際、ギルベルトは言った。
「君が認めた男に嫉妬する日が来るとは、正直思わなかったよ」
その夜。
村に戻ったアメリアを、クロードが迎えていた。
「おかえりなさい」
「ただいまですわ。――わたくし、あなたに話したいことができましたの」
王都から帰還した翌朝。
村内では、さっそく“例の件”が村全体に伝播していた。
「アメリア様が王都の縁談を断って戻ってきたらしいぞ!」
「つまり“恋人候補”が決まってるってことじゃないか?」
「えっ、じゃあクロードさんが本命? え? えっ!?」
「いやそれなら、こっちで村祭りでもう一回告白イベント開こう!」
「式場ってこの広場でいいよな!?」
「勝手に進行しないでくださいませえええええ!!」
アメリア、叫ぶ。
だが村人たちは止まらない。
【村内発足:アメリア様恋愛見届け隊(勝手設立)】
・隊長:ルーク(ノリと勢い)
・副隊長:リリア(感情豊かすぎる)
・実況係:ガストン(無駄に盛り上げる)
・記録係:ゼクス(石に刻む)
・観察係:ネル(観察力が鋭すぎる)
その日、アメリアは“村のど真ん中”にあるベンチで、クロードと向かい合っていた。
(もちろん、村人たちは隠れて物陰から観察中)
「……それで、改めて言いたいことがありましたの」
「僕も、聞きたいことがありました」
二人は少し黙る。
干し芋が風で揺れる。どこかでヤギが鳴いた。
「クロードさん。あなたは、どう思いましたの? わたくしが、以前“芽吹き”には時間が要ると言ったことについて」
「……あなたらしいと思った」
「わたくし、決して“誰かに依存したい”わけではありません。けれど、“一緒に進みたい”とは思っております」
「じゃあ、僕の思っていたことも言っていいですか?」
「どうぞ」
「……君と村と未来を耕していくつもりでいました。でも、肝心の“今の気持ち”をちゃんと伝えてなかった。だから言います。アメリア、君が好きです」
「…………」
「返事は、すぐじゃなくていい」
「いえ、今しますわ」
「えっ」
「わたくしも、あなたのことが好きです」
「!?!?」
\どっしゃああああああああああ!!!!/
茂みから転がり落ちたルーク、石から転げ落ちたゼクス、感極まって泣くリリア。
「いや観てたの!? なんでそこまで準備万端なの!?」
「でも!これで!村の恋がついに!!」
「だから勝手に盛り上がらないでくださいませええええ!!!」
だがアメリアの頬は、照れと幸福でほんのり染まっていた。
その翌朝。
「村長、おめでとうございます!!」
「えっ」
広場に巨大な横断幕が吊るされていた。
『祝!アメリア様ご婚約(未確定)記念・村民大感謝祭』
「未確定の時点で“祭”にしないでくださいませええええ!!」
しかも、すでに屋台が並び、演芸ステージが建設され、干し芋投げコンテストのエントリーが始まっていた。
「完全にお祭りモードです、お嬢様……!」
「むしろ結婚式の予行演習では!?」「誰が牧師役!?」「オレが作るケーキは5段でいいか?」
「村人の“祝いたい欲”が肥大化してますわーーー!!」
【村内混乱一覧】
・リリア:泣いて祝福しては反省してまた泣くループ
・ルーク:勝手に“祝辞”を詩で準備(棒人間付き)
・ガストン:クロードに「幸せにしなきゃ腕相撲で決着つける」と宣告
・ゼクス:石で“婚約記念碑”を彫り始めた(非公式)
・ネル:既に“ふたりの未来年表”を作成済み
当のアメリアとクロードは、裏の小径で静かに語り合っていた。
「クロードさん……その、皆の反応が……過剰でして……」
「だいぶ“お祭り”ですね……」
「でも、なんだか、嬉しいのです」
「え?」
「“恋”という言葉が、村に定着してきた気がして。かつて、わたくしにとって“恋”は、不要な感情でした。責任と義務の隙間に入り込む贅沢だと、そう思っていました」
「……今は?」
「今は、“共に未来を考える相手”がいることが、日々を支えてくれるのだと、そう思えます」
クロードはゆっくりうなずいた。
「共にいるって、“重なり合う”ことじゃなくて、“並んで歩く”ことなんですね」
「並びながら、時には振り返って、支えて、支えられて。そんな関係を……築いていけたらと思っております」
そして二人は、手を取り合いながら、広場へ向かって歩き出す。
その姿を見て、リリアは声を張り上げた。
「“開拓恋愛文化”元年ですわーーーーー!!!!」
\どおおおおおおおおん!!/
打ち上がる花火(自家製)、飛び交う干し芋(無害)、奏でられる“恋の耕歌”(ルーク作詞・ゼクス編石)。
アメリアは笑いながらも、一言だけぼやいた。
「……この村、“恋の盛り上げ方”が全力すぎますわ……」
だがその笑顔は、確かに満ちていた。
こうしてカレジア村に、“恋”という文化が根付き始めた。
その一言で、村の空気は凍りついた。
報告したのはリリア。届けられたのは、王都からの正式文書。
差出人――“エインワース公爵家”。
そう、かつて“開拓令嬢”を「将来性込みで口説いた」あのギルベルトの家である。
「また、ですの……?」
アメリアは鍬を握ったまま、空を見上げる。
その瞳に浮かぶのは、戸惑いではない。責任と、少しの疲労、そして……淡い痛みだった。
「これは完全に“仕切り直し”狙いですね!」
ルークが文書を持って走り込んできた。
「内容は……“カレジア村の成長に鑑み、改めて同盟を前提としたご縁談を”……とありますわ」
「表向きは丁寧だけど、内心“やっぱり使える”って思ってるやつじゃん!」
リリアが苛立ちを隠さず唸る。
「アメリア様は“誰かの飾り”じゃありませんわ!」
アメリアは静かに、クロードのことを思い出していた。
――旅の青年。――村を耕す手を持ち、未来を語る目を持つ男。――まだ“恋人”とは呼べない、けれど。
「……わたくし、この件は“自分で決着”をつけますわ」
「それって、どうするんですか?」
「相手に“こちらから会いに行く”のです」
「アメリア様、自ら!?」
「ええ、“恋も外交も、耕すもの”ですもの」
数日後。
王都・エインワース邸。
広大な庭園、磨き上げられた大理石の廊下、香水と権威の香りが漂う応接間。
そこに、鍬を携えて現れた令嬢が一人。
「久しぶりだね、アメリア嬢」
ギルベルト・エインワース。微笑は相変わらず、だがその奥の計算もまた変わらない。
「今回の申し出、嬉しく思っているよ」
「ええ、わたくしも“話がある”と思って参りました」
二人きりの応接室。紅茶の香りと静けさの中。
アメリアはまっすぐ彼を見つめて言った。
「貴方の視線には“わたくし”が映っていない」
「……なんだって?」
「貴方が見ているのは、カレジア村の成長、連盟の影響力、そして“わたくしの肩書き”です。ですが、わたくしは“個人としての関係”を築きたい。“肩書き抜きの隣人”を、選びたいのです」
ギルベルトは一瞬口を閉じ、そして笑った。
「……強くなったね。以前はもっと、迷いがあったように見えた」
「迷っている暇など、畑には与えられませんの」
「了解した。今回の話は、ここで終わりにしよう」
「ありがとうございます」
去り際、ギルベルトは言った。
「君が認めた男に嫉妬する日が来るとは、正直思わなかったよ」
その夜。
村に戻ったアメリアを、クロードが迎えていた。
「おかえりなさい」
「ただいまですわ。――わたくし、あなたに話したいことができましたの」
王都から帰還した翌朝。
村内では、さっそく“例の件”が村全体に伝播していた。
「アメリア様が王都の縁談を断って戻ってきたらしいぞ!」
「つまり“恋人候補”が決まってるってことじゃないか?」
「えっ、じゃあクロードさんが本命? え? えっ!?」
「いやそれなら、こっちで村祭りでもう一回告白イベント開こう!」
「式場ってこの広場でいいよな!?」
「勝手に進行しないでくださいませえええええ!!」
アメリア、叫ぶ。
だが村人たちは止まらない。
【村内発足:アメリア様恋愛見届け隊(勝手設立)】
・隊長:ルーク(ノリと勢い)
・副隊長:リリア(感情豊かすぎる)
・実況係:ガストン(無駄に盛り上げる)
・記録係:ゼクス(石に刻む)
・観察係:ネル(観察力が鋭すぎる)
その日、アメリアは“村のど真ん中”にあるベンチで、クロードと向かい合っていた。
(もちろん、村人たちは隠れて物陰から観察中)
「……それで、改めて言いたいことがありましたの」
「僕も、聞きたいことがありました」
二人は少し黙る。
干し芋が風で揺れる。どこかでヤギが鳴いた。
「クロードさん。あなたは、どう思いましたの? わたくしが、以前“芽吹き”には時間が要ると言ったことについて」
「……あなたらしいと思った」
「わたくし、決して“誰かに依存したい”わけではありません。けれど、“一緒に進みたい”とは思っております」
「じゃあ、僕の思っていたことも言っていいですか?」
「どうぞ」
「……君と村と未来を耕していくつもりでいました。でも、肝心の“今の気持ち”をちゃんと伝えてなかった。だから言います。アメリア、君が好きです」
「…………」
「返事は、すぐじゃなくていい」
「いえ、今しますわ」
「えっ」
「わたくしも、あなたのことが好きです」
「!?!?」
\どっしゃああああああああああ!!!!/
茂みから転がり落ちたルーク、石から転げ落ちたゼクス、感極まって泣くリリア。
「いや観てたの!? なんでそこまで準備万端なの!?」
「でも!これで!村の恋がついに!!」
「だから勝手に盛り上がらないでくださいませええええ!!!」
だがアメリアの頬は、照れと幸福でほんのり染まっていた。
その翌朝。
「村長、おめでとうございます!!」
「えっ」
広場に巨大な横断幕が吊るされていた。
『祝!アメリア様ご婚約(未確定)記念・村民大感謝祭』
「未確定の時点で“祭”にしないでくださいませええええ!!」
しかも、すでに屋台が並び、演芸ステージが建設され、干し芋投げコンテストのエントリーが始まっていた。
「完全にお祭りモードです、お嬢様……!」
「むしろ結婚式の予行演習では!?」「誰が牧師役!?」「オレが作るケーキは5段でいいか?」
「村人の“祝いたい欲”が肥大化してますわーーー!!」
【村内混乱一覧】
・リリア:泣いて祝福しては反省してまた泣くループ
・ルーク:勝手に“祝辞”を詩で準備(棒人間付き)
・ガストン:クロードに「幸せにしなきゃ腕相撲で決着つける」と宣告
・ゼクス:石で“婚約記念碑”を彫り始めた(非公式)
・ネル:既に“ふたりの未来年表”を作成済み
当のアメリアとクロードは、裏の小径で静かに語り合っていた。
「クロードさん……その、皆の反応が……過剰でして……」
「だいぶ“お祭り”ですね……」
「でも、なんだか、嬉しいのです」
「え?」
「“恋”という言葉が、村に定着してきた気がして。かつて、わたくしにとって“恋”は、不要な感情でした。責任と義務の隙間に入り込む贅沢だと、そう思っていました」
「……今は?」
「今は、“共に未来を考える相手”がいることが、日々を支えてくれるのだと、そう思えます」
クロードはゆっくりうなずいた。
「共にいるって、“重なり合う”ことじゃなくて、“並んで歩く”ことなんですね」
「並びながら、時には振り返って、支えて、支えられて。そんな関係を……築いていけたらと思っております」
そして二人は、手を取り合いながら、広場へ向かって歩き出す。
その姿を見て、リリアは声を張り上げた。
「“開拓恋愛文化”元年ですわーーーーー!!!!」
\どおおおおおおおおん!!/
打ち上がる花火(自家製)、飛び交う干し芋(無害)、奏でられる“恋の耕歌”(ルーク作詞・ゼクス編石)。
アメリアは笑いながらも、一言だけぼやいた。
「……この村、“恋の盛り上げ方”が全力すぎますわ……」
だがその笑顔は、確かに満ちていた。
こうしてカレジア村に、“恋”という文化が根付き始めた。



