「王都から“招待状”が届きましたわ」

アメリア・ルヴァリエがそう口にしたとき、村は静まりかえった。

開拓令嬢として、農と教育と経済とインフラを育て上げてきた彼女のもとに届いたのは――

『王都報告会への出席依頼』

開拓村の成果報告と、連盟代表としての“外部プレゼン”を求める文書。

「この村の声を、外へ届ける時が来たのですわ」

だが、それは同時に――“令嬢”としてのアメリアが再び王都の舞台に立つことを意味していた。



「うわああああ都会ーー!!」

「静かにしてルーク!いえ、気持ちは分かりますけど!!」

王都セントラディア。

中央大広場に面した石造の会議棟、そこに“地方開拓成果報告会”の会場が用意されていた。

金と白の装飾、礼装に身を包んだ貴族たち、冷ややかな視線と無言の評価。

「まるで……舞踏会のようですわね」

「違う意味で怖いやつですけど!!」

アメリアは深緑の正装に身を包み、村から持参した報告資料を胸に抱える。

『テーマ:共に耕すという選択』

「この演題で、王都に挑むつもりですの?」

「はい。“実績”ではなく“理念”で語りに行きます」

令嬢らしい所作と、村長らしい覚悟。

王都の壇上に立つアメリアの姿は、まさにその両方を象徴していた。

第一声は静かに――だが、強く。

「わたくしたちは、干し芋と鍬から始めました。笑ってくださいませ。けれど、それを笑って受け止めてくださるなら――。あなたがたにも、わたくしたちの“開拓”は届くと信じております」

一瞬、ざわつく場内。

資料には、村の教育制度、通貨運用、水道整備、連盟外交、そして後継育成まで。

「開拓とは、土地を耕すだけではありません。人と人の“つながり”を耕すことでもあります。わたくしたちは、明日も耕します。未来のために」

演説が終わった瞬間、場内にしん……と静寂が落ちた。

「……相変わらず、奇妙な演説だったな」

その声がした瞬間、アメリアはゆっくりと声がした方を向いた。

王都・第二王子、アシュラン・セントリヴィエ。

過去、彼女に政略的な求婚を申し込み、“トマトで断られた”高貴な男である。

「殿下……あら、わたくしの“鍬語り”は相変わらずでしたか?」

「鍬はともかく、“人の心を耕す”などと比喩する者が、今の宮廷にいるとはな」

「宮廷には“湿度”が足りませんから。耕すには乾きすぎています」

「皮肉が鋭いな、アメリア嬢」

アメリアは一礼する。

「お求めであれば、鋤もございます」

「いや……今日は刃を交わしに来たわけではない」

第二王子はアメリアのそばに来る。

「お前の村の報告、実に面白かった。“自治と理念”を掲げた開拓村――あれは、演出か?」

「いえ、日常ですわ」

「ならば余計に驚く。お前の“開拓”は、ただの農ではない。行政、教育、外交……その全てに“お前らしさ”が出ていた」

「それが、“再評価”に値すると?」

「……そうだ。あの時は“面白い令嬢”だと思っていたが、今は“恐ろしい存在”に思える」

「まあ。それは褒め言葉として受け取ってよろしいのかしら?」

アシュランは苦笑し、ふと目線を外す。

「もしあの時、お前が求婚を受けていたら……この国の未来は違っていたかもしれんな」

「たらればに興味はありませんわ。畑は、蒔いた種しか芽吹きません」

「そして……その種が今、王都に芽を出し始めている」

「ええ。少しだけ耕した甲斐がありましたわね」

その頃――

リリアが展示ブースで“干し芋の食べ比べセット”をPRしていた。

「芋によって、こんなに風味違うんです!!」

「へえ!」「おいしい!」

ルークが「棒人間農民クロニクル」を配りながら演説していた。

「鍬を持つ勇気、それが開拓!棒でも伝わる感情がある!!」

ガストンは……なぜか王都の門番と腕相撲していた。

「カレジア村、個性豊かすぎでは!?」

アシュランは去り際に、ひとつだけ言い残した。

「アメリア嬢。もし再び“国”と“個人”のどちらかを選ばねばならぬ時が来たら――」

「わたくしは“村”を選びますわ」

即答だった。

アシュランは静かに笑い、背を向けて歩き去った。



王都中央議会――。

そこは地方代表が政策提言を行い、貴族と高官、商人評議会が答弁する“権威の舞台”である。

アメリア・ルヴァリエは、その壇上に立っていた。

テーマは、「開拓村への行政認可と権利保護」。

議題としては小さい。
だが、王都にとって“開拓”とは、未だ“辺境の騒がしさ”でしかない。

「では、開拓村の代表、カレジア村――アメリア・ルヴァリエ殿、どうぞ」

司会の声に静かに一礼し、アメリアは語り始めた。

「開拓とは、未開地を耕すことだと、皆さまはお思いでしょう。けれどそれだけではありません。“制度の空白”を耕し、“信頼の種”を蒔くこと――それがわたくしたちの日常です。開拓とは“自治の実験”であり、“人間関係の再構築”であります」

会場の片隅では、幾人かの議員がそっと眉をひそめた。

「地方に“そこまで”の主体性を持たせて、果たして管理が行き届くのか?」

「そもそも“農村が政治を語る”など……」

アメリアは静かに、それらの声を受け止めてから、次の資料を掲げた。

「こちらは、カレジア村の教育制度、後継育成計画、災害対応マニュアル、通貨制度の記録、外交議事録、そして……議会記録簿でございます。わたくしたちの村は、“規模”ではなく“密度”で動いております。ひとりひとりが語り、ひとりひとりが投票し、失敗と調整を繰り返しながら、“今の形”に至ったのです」

「では質問を」

立ち上がったのは、長年“地方軽視”を公言してきた老貴族、マルデロ侯爵。

「令嬢。君の村の話は分かった。しかし、そのような“自治の楽園”がいくつも生まれたら、この王都の秩序はどうなる?」

「秩序とは、中央が作るものですか? それとも“信頼によって積み上げられる”ものですか?」

「……ほう」

「わたくしたちは、王都に敵意を持っておりません。ただ、“わたくしたちの暮らし方”を否定しないでいただきたいのです。辺境が、王都の一部になるのではありません。“王都が、国の全体を理解する”きっかけとなってほしい」

静寂。

その沈黙を破ったのは――拍手だった。

一人、二人、そして十数人。

議会の一角から、控えめに、しかし確かに。

第二王子アシュランも、その列のなかにいた。

「君の話は、正論ではなく、“誠意”だった。だから、響いたのだ」

議会の投票の結果。

カレジア村は「特認開拓自治村」として王都から認定され、開拓連盟全体にも「自治対話枠」が与えられることになった。

帰り道。
アメリアは、村の資料鞄をそっと抱きしめながら呟く。

「耕した言葉も、実るものなのですね……」

リリア「お嬢様、よかった……! すごく……すごく、かっこよかったです……!」

ルーク「拍手出たとこ、正直泣きそうになった……!」

ガストン「オレは門番ともう一回腕相撲してくる!!」

アメリアはくすりと笑って歩き出す。

王都という硬い土にも、ひとつ、“開拓の芽”が根づいた。