「わたくしが、いなくなったら……どうなるのかしら?」

それは、ひとつの“もしも”から始まった。

誰よりも村を知り、誰よりも村に慕われ、誰よりも働く村長。

だが、アメリア・ルヴァリエは気づいていた。

――“次”が育っていなければ、すべては一代限りの夢で終わる。

「この村に、“未来を託せる人”を育てなくてはなりませんわ」

村を導く者が考えるべきは、
“自分が何を成すか”ではなく、“誰に何を託せるか”――



「というわけで、“後継育成計画”を発動します!」

「はい来ました! 令嬢、未来を託すモード入りました!!」

「いや待ってお嬢様、なんで今、村長職を“誰かに任せる”前提で話してるんですの!?」

「任せるのではなく、“引き継げるようにしておく”のですわ。備えあれば、将来に困りません」

【新設:カレジア村未来育成局(仮)】
・局長:アメリア(選定・育成・演説)
・副局長:リリア(現場と胃の管理)
・研修統括:ルーク(テンション高め)
・教材美術:ゼクス(石板による視覚教材)
・生活指導:ガストン(筋肉)

「まず、“候補者選定”から始めます」

「……どこからどう見るんですか?」

「行動力、責任感、協調性、そして“鍬を愛する心”ですわ」

「最後の項目だけカレジア村すぎます!!」

こうして、候補に挙がったのは……

・ネル(7歳、書記と郵便業務で信頼度MAX)
・ティナ(9歳、教育の星。感情と論理の両立型)
・ライル(10歳、元“他村からの漂流者”。復興志望)

「まさかの“小さな三本柱”……!」

アメリアは“村政シミュレーション演習”を実施。

「さあ、あなたたちが今日から“仮村長”ですわ」

「ええええ!? やるの!?」

「まず、井戸が壊れました。どうします?」

「え、修理班呼んで……でも今、市場開催中で人が足りないから、場所ずらして……」

「素晴らしい! “状況を見て柔軟に優先順位を判断”できていますわ!」

さらに、“討論演習”も実施。

お題:「水道は無料か有料か」

ネル「使う分には無料だけど、過剰なら警告がいると思う」
ティナ「教育で使う水は“未来への投資”だから免除したい」
ライル「最低限無料、超えたら“村に返すための仕組み”にすべき」

「皆さま……すでに“思想”を語ってますの!?」

そしてその夜。
アメリアは村のノートに、こう記した。

『わたくしがいなくても、この村はきっと動ける。その確信こそが、育成の答え』

“仮村長ウィーク”、始動。

三人の後継候補――ネル、ティナ、ライルに、それぞれの「持ち場」が割り振られた。

・ネル → 郵便兼通達・連絡調整(情報係)
・ティナ → 村の教育日誌&問題提案(政策係)
・ライル → 現場対応と住民相談(調整係)

「各自の持ち場を一週間運用して、“令嬢の目”で評価しますわ」

「令嬢の目、プレッシャー重すぎる!!」

一日目。ネルは配達と連絡に奔走しながらも、村の声を丁寧に聞き取り、メモをとる。

「水道のバルブがちょっと硬いって、リィナさん言ってたよ。リリアおばさん、最近“おやつ係”の負担感じてるって」

「小さいけど、こういう声こそ村の今ですわね……」

一方ティナは、村の教育プログラムを一新しようと提案書をまとめていた。

「“学ぶこと”って、“知る”だけじゃなくて、“やってみる”が必要だと思うの。だから、週一で“村のお仕事体験日”を設けたい!」

「……素晴らしいですわ。“知識を耕す体験”の提案……!」

ライルは、村の各家を巡り、「不満」や「困りごと」の聞き取りに挑んでいた。

「でも、時々“よそ者のくせに”って言われるんだ……。それでも、僕はこの村を“自分の場所”にしたい」

アメリアは遠くから、ただ静かに見守る。

「導くより、任せる。これが……難しい……」

三日目。事件が起きる。

市場の手配ミスで、ルヴァ通貨の一部が“二重配布”されていた。

原因はネルの伝達ミス――だが、その混乱に乗じて、

「誰かが“余計に受け取った分”を返さず持ち逃げしている」との噂が広がる。

村内、ざわつく。

「誰かが……嘘をついてる?」

「……まさか、ネルが?」「ライルが?」「いや、ティナじゃ……?」

疑念が、子どもたちの間にも、村の中にも芽生える。

アメリアは、“すぐには介入しなかった”。

それは、彼女の“覚悟”だった。

四日目。

ライルが、自ら全員に聞き取りを行い、余剰通貨が「単なる計算ミス」だったと証明。

ティナが、村人への説明文を手書きで用意し、広場で読み上げる。

ネルが、手紙で「ごめんなさい」を全員に届けた。

村人たちは、笑って受け取った。

「……ごめんなさいを、ひとりで背負おうとしたのね」

「ううん、三人で背負ったんだと思う」

アメリアは、村の丘の上から、静かに言った。

「これが、“後継”の重み。そして、乗り越えるということですわ」

そして彼女は、村の“未来ノート”にこう記す。

『引き継がれるものは、職務ではなく、意志である』

五日目。
カレジア村中央広場。

アメリアの提案で、全村民参加による“公開質疑”が開催されることとなった。

「わたくしは、今日この場で“任される”という経験を、彼らに贈りたいのです」

「任される……経験……」

リリアがぼそっと繰り返す。

「責任というのは、与えられるのではなく、受け取るものですわ」

壇上に立つ三人。
ネル、ティナ、ライル。
広場に並ぶ村人たちの視線を、一身に浴びながら。

「では、質問をどうぞ」

最初に手を挙げたのは、パン職人のミナ。

「仮に村が“他村と対立”した場合、どう判断しますか?」

ネル「対話できる限りは話し合いたい。でも……村の人を守るためなら、必要な壁は作ると思います」

次に、教師補佐のリィナ。

「“村の教育”って、あなたたちにとって何?」

ティナ「“学び方を学ぶこと”です。自分で考えて、自分で行動する人を育てたいです」

続いて、農家の長老タル。

「わしらみたいな古い者に、君らはどう接するつもりかの?」

ライル「年齢じゃなく、経験を持ってる人として見ます。だから、教えてほしいんです。僕に」

静まり返る空気。

やがて、タルが破顔した。

「……立派な口だ。よし、今度畑見に来い」

「はい!」

アメリアは、涙をこらえていた。

「彼らは、ちゃんと“村の言葉”で、返している……」

午後には、“模擬行政実習”が行われた。

市場の人員配置、衛生管理計画、教育指導スケジュール、緊急時避難誘導案……
すべて三人の発案で動いた。

村人たちは気づく。
「もう、任せられるかもしれない」と。

その夜。
アメリアは講堂に三人を呼び寄せた。

「皆さま、本日をもって“仮村長試験”を完了といたします」

「え……終わり?」

「いえ、ここからが始まりですわ」

「わたくしは、村長としてこの村を導いてきました。でもこれからは、あなたたちにも“導く力”を分け合ってもらいます」

「“代わる”のではなく、“共に在る”」

「それが、わたくしの考える“後継”ですわ」

ライルが聞く。

「じゃあ、アメリアさんは……ずっと村長でいるの?」

「そうとも限りませんわ。でも、もし未来のどこかで“必要とされなくなった”としても――。それはこの村が、“自立した”ということですもの。その時、私は胸を張って鍬を置けます」

翌朝、村の掲示板に新しい札が掲げられた。

【未来育成三役:ネル・ティナ・ライル(交代制)】

村の誰もが、納得して頷いた。

そしてアメリアは、日誌にこう記した。

『後継とは、後ろに続く者ではなく、“横に立つ仲間”である』

カレジア村に、小さな“未来の柱”が、いま確かに根を下ろした。