Existence *

何も答えずに箸を進めていく俺に沙世さんの小さなため息が聞こえる。

でも沙世さんは美咲の名前を口にする事はなかった。

俺の事をどこまで知ってるのかは知らないが、沙世さんは何も聞いてはこなかった。

いつもなら、うっさいほど黙ってほしいほど聞いて来るのに何も言っては来なかった。


…―――引っ張ってないと離れちゃうよ?


優香が言ってた言葉が頭を過った。

そう、離したのは俺。

それを繋ぎとめる事も出来なかったのも俺。


美咲が言ったように、器用じゃないのは美咲よりも俺の方だった。


「向こうでさ、住む所とかもう手配してんの?」

「あぁ、全部してる。会社がな」

「流石大手だね。って、翔くんどこ行くのよ」

「ニューヨーク」

「わぁ、哲也が居た所じゃん」

「あ、そか。哲也さんずっとニューヨークに居てたもんな」

「あの辺はよく行ったから知り尽くしてるわよ。また翔くんに会いに行くね」

「俺にって言うか、沙世さんの場合は買い物と遊びだろ?」

「いいじゃん別に。…そっかぁ、行っちゃうんだね。こっちでやり残したことはない?」


進める箸を止め、沙世さんに視線を向けると目が合った瞬間、沙世さんが微笑んだ。

何がいいたいんだろうか。

やり残したこと?

そんなのいっぱいある。


いや、ひとつだけ。

でも、それは叶わない事。


「…あるよ」


無意識に小さく呟いた俺の声がスッと消えていく。

ため息を吐く俺に沙世さんは「困ったわね」そう言いながら空いているグラスにお茶を注ぎ込んだ。