君のためにこの詩(うた)を捧げる

その夜。



輝は事務所の屋上にいた。



街の光を見下ろしながら、
スマホを手にしたまま動けない。


【澪:どうして言ってくれなかったの】



そのメッセージを、何度も読み返しては、
指が震える。



――「本当のことを言ったら、泣かせるだけだと思った。」



自分に言い聞かせるように呟く。



でも、胸の奥の“澪の笑顔”が離れなかった。



そこへ、足音がした。



「……ひかる」


振り向くと、
息を切らした澪が立っていた。



髪が風に揺れ、頬が赤い。


「どうして、黙ってたの?」


「……言ったら、お前が苦しむから」


「違うよ。黙ってるほうが、もっと苦しいよ……」



澪は泣きながら近づき、輝の胸に拳を当てた。



「なんで一人で全部背負うの。
なんで何も言わないの。
私は……ひかるの隣にいたかったのに!」



輝は唇を噛み、
やがて、静かに澪の頭を抱きしめた。



「……ごめん」



「ごめんじゃ、やだ」



「俺、怖かったんだ。
芸能人としてじゃなく、
一人の男として、
お前をちゃんと守れる自信がなくて……」



「そんなの、いらないよ。
私は、ただ、ひかるが“ここにいる”って思えるだけでいいのに」


二人の距離が、
痛いほど近くなる。



輝がそっと澪の涙を拭い、
額を合わせた。



「……やっぱり、好きだ」



「うん……私も」



抱きしめ合った体温が、
冷たい夜に溶けていく。



だが、その影から一人、
立ち尽くしていた男がいた。


湊。


遠くから二人を見つめるその瞳は、
まるで光を失ったように揺れていた。


「……そうか」

小さく呟いて、
スマホの画面を見た。


そこには、
送信されていないメッセージ。


【澪へ:好きだった。君を笑わせたかった。
でも、やっぱり君の笑顔は、あいつの隣でしか輝かないんだね。】


画面を閉じる音が、夜に吸い込まれた。