君のためにこの詩(うた)を捧げる

『……バカだよな、俺。
自分で突き放して、自分で苦しくなって』



「バカだね」



『うん。澪のこと、バカみたいに好きだよ』



涙がこぼれた。



でも声は震えないように、必死で抑えた。



「そんなこと言わないで。今はまだ、言っちゃだめ」



『分かってる。でも、言わないともう無理。
どんなに我慢しても、やっぱり澪が好きなんだ』


雨が強くなる。



街のノイズの中で、彼の息遣いがリアルに響く。



遠いのに、すぐそこにいるみたいで。



「……ひかる」



『なに?』



「私は、平気。ちゃんと見てるから。
ひかるが頑張ってるところ、みんなが笑ってる姿。
だから、無理しないで。今は夢を掴んで」


少し沈黙のあと、彼は笑った。



『澪って、ほんとずるい。そんなこと言われたら、泣けてくる』



「泣いていいよ」



『……澪も?』



「うん、ちょっとだけ泣いてる」


電話の向こうで、小さな息が混じる。



『今、外?』



「うん、雨の中」



『風邪ひくよ』



「いいよ。どうせ、もう濡れてるから」



しばらく、二人とも何も言わなかった。



ただ、雨と鼓動と、少しの息。



それだけで充分だった。



『澪。いつかちゃんと会いに行くから』



「その時、ちゃんと笑って言ってね。
“好き”って」



『約束する』



通話が切れたあとも、耳の奥には彼の声が残っていた。



冷たい雨の中、澪は空を見上げた。



(きっと、また泣く夜もある。
でも、もう逃げない。あの光を、信じていよう。)



傘の向こうで、街灯の光がぼんやり滲んでいた。



それは、遠くで輝く“橘輝”の名前みたいに、
優しく胸を照らしていた。