君のためにこの詩(うた)を捧げる

屋上。



秋の風が冷たくて、制服の袖の中に指先を隠す。



「大丈夫?」



振り向いた輝は、昨日よりもずっと疲れた顔をしていた。



「ごめん、俺のせいで……」



「私こそ、ごめん。あの時、ちょっとバランス崩しただけなのに」



「マネージャーに怒られた。“スキャンダルの火消しをする”って」



「……火消し?」



輝は一瞬、視線を逸らした。




そして――



「“彼女が別の人なら問題ない”って。だから、今日の取材で言う。
俺の彼女は、澪じゃない」


一瞬、何を言われたのか分からなかった。



空気が止まる。



胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。


「そんなの……」



「分かってる。酷いこと言ってるのも。でも、今、仕事も立場も守らなきゃいけない。
ここで終わったら、もう戻れないんだ」



俯く彼の横顔は、どこまでも大人びて見えた。
澪は唇を噛む。



(分かってる。輝は“夢”を生きてる。
私みたいな普通の子が、足を引っ張っちゃいけないって。
分かってるのに――)


「……だったら、ちゃんと笑って言ってね」



「え?」



「“違う”って言うなら、苦しそうな顔で言わないで。
あの頃のひかるみたいに、笑ってて」



彼はしばらく黙って、それから小さく笑った。



「澪って、昔から強いな」



「強くなんてないよ」



「泣かないところが、ずるいくらい強い」


そう言って、彼は一歩近づいた。



指先がかすかに触れる。



「……本当は、違うんだよ」



「なにが?」



「“俺の彼女は澪じゃない”って、言うけど」



輝は、かすかに微笑む。



「心の中じゃ、ずっと澪しかいない」


胸が、痛い。
言葉にならない想いが、喉の奥で滲んだ。


「ダメだよ、そんなこと言ったら」



「わかってる。でも言わないと、もう壊れそうで」



風が吹き抜けて、二人の距離を揺らす。



空は高く、遠く、どこまでも透き通っていた。


「澪。俺さ――」



その先を言おうとした瞬間、
屋上のドアが乱暴に開いた。



「橘くん! 撮影所の人、来てるよ!」



七海の声。


彼は少しだけ視線を落とし、笑顔を作る。



「……行かなきゃ」



「うん」



「約束な。俺のこと、信じてて」



「信じる。でも――私は、もう期待しない」



背を向けた輝の姿が、夕日に溶けて小さくなる。



手すりの影が長く伸びて、澪の影と重なった。