君のためにこの詩(うた)を捧げる

夕日の差す階段の踊り場。



彼はふと立ち止まり、静かに息をついた。



「……ごめんな、巻き込んでる。俺が来たせいで」



「そんなこと、ないよ」



「ある。俺は“橘輝”で、澪は普通の高校生。それだけで、周りは色々言う」


俯く澪に、彼が小さく笑いかける。



「でもさ、俺の中じゃ、澪だけは“普通”じゃないんだ」



「……え?」



「小さい頃から、ずっと俺の一番近くにいた人だもん」


言葉の温度が、心に染みていく。



けれど同時に、苦しくなる。



その言葉を素直に嬉しいと思ってはいけない気がして。


「輝……ファンの子たち、怒ってたよ。わたしのこと」



「俺が守る」



「そんなこと言わないで。余計に目立つから」



「……じゃあどうすればいいんだよ」



彼の声が、少し震えていた。


一瞬、誰もいない空間で、目が合う。



届きそうで届かない距離。



“橘輝”と“結城澪”の間にある、見えない境界線。



「……今は、秘密でいよう」



澪の声はかすかに震えていた。



「私たちのこと、誰にも言わない。幼なじみってことも、昔のことも」



「それでいいの?」



「うん。……そうじゃなきゃ、きっと輝が輝けなくなる」



沈黙の中で、夕日が差し込む。



彼は小さく頷いて、微笑んだ。
その笑顔があまりに優しくて、痛いほど切ない。



「じゃあ約束な」



輝が指切りを差し出す。



澪は迷いながらも、小指を絡めた。



「バレても、俺のせいにしていいから」



「……そんなの、できるわけないでしょ」


ふたりの影が、赤く重なった。