『隣で、生きていく。』 こちらはマンガシナリオになります。 「第9回noicomiマンガシナリオ大賞」にエントリーしています。

柱:朝・登校途中/晴れ


ト書き:
昨日の雨が嘘みたいに晴れた朝。

校門へと続く坂道の両側には、まだ濡れた葉が陽を反射してきらきらと光っていた。

美海は坂を登りながら、昨日の玲央の言葉を思い出していた。

――「壊れてるの、直してやる」

あの低くて優しい声が、何度も頭の中で響く。


セリフ(美海・心の声)
「玲央、あのあとずっと残ってたけど……ピアノ、本当に直してくれたのかな」


ト書き:
校舎に入ると、音楽室の方からかすかな金属音が聞こえた。

美海がそっと扉を開けると、そこには

――

工具を手にした玲央がいた。


セリフ(美海・驚きながら)
「ほんとに直してる……!」

セリフ(玲央・振り返らず)
「うるさい。朝早く来たんだろ」

セリフ(美海)
「だって気になって……」


ト書き:
玲央の手元。

油で少し汚れた指先が、壊れたピアノの部品を丁寧に磨いている。

その横顔は、真剣で――どこか、優しかった。

美海は息をのんだ。

“怖い”って言われる彼が、
こんなに静かに、何かを大切そうに触れている姿を見たのは初めてだった。


セリフ(美海・そっと)
「……似合わないね」

セリフ(玲央・眉をひそめて)
「は?」

セリフ(美海・笑いながら)
「こういうの。ピアノ直してる玲央、優しすぎて」


ト書き:
玲央は少し黙って、工具を置いた。

そして、視線を美海に向ける。


セリフ(玲央・低い声で)
「優しいってのは、悪口か?」

セリフ(美海・少し慌てて)
「ち、違うよ! そうじゃなくて……」


ト書き:
玲央が口元を少しだけ緩めた。

ほんの一瞬の笑み。

けれどそれは、美海の心を一瞬で掴んだ。



柱:昼休み・中庭


ト書き:
風の通る中庭。

桜の葉がひらひらと舞い落ちるベンチに、美海と玲央が並んで座っている。

美海の手には、購買のパン。

玲央の手には、無言で差し出されたコーヒー牛乳。


セリフ(美海・笑いながら)
「またそれ? 毎日コーヒー牛乳飲んでる気がする」

セリフ(玲央)
「落ち着く」

セリフ(美海)
「ふーん……じゃあ、落ち着く顔してる今の玲央、ちょっと珍しいかも」


ト書き:
玲央が少しだけ目線を逸らす。

その耳が、またほんのり赤い。


セリフ(玲央・ぼそりと)
「……うるさい」

セリフ(美海)
「え? なに?」

セリフ(玲央)
「なんでもねぇ」


ト書き:
美海はその不器用なやり取りに、思わず笑った。

けれど――心の奥は、静かに波立っている。

彼の隣にいると、安心する。

怖くない。

むしろ、彼が誰かを殴る理由も、少しだけ分かる気がしていた。



柱:放課後・音楽室前の廊下


ト書き:
夕暮れ。

音楽室の扉には「修理中」の貼り紙。

玲央はその前に立ち、ピアノの調律具を片付けていた。


セリフ(美海・そっと近づいて)
「もう直った?」

セリフ(玲央)
「まあな。音は戻った」


ト書き:
玲央が鍵盤を一つ叩く。

柔らかい音が室内に響く。

その音は、どこか優しくて――あたたかかった。


セリフ(美海・目を輝かせて)
「すごい……ほんとに直ってる」

セリフ(玲央・小声で)
「言っただろ。壊れたもんは、直せる」

セリフ(美海・そっと)
「……心も?」


ト書き:
玲央の動きが、止まった。

長い沈黙。

夕陽が二人の間を染めていく。


セリフ(玲央)
「……お前が、いれば」

セリフ(美海・驚いて)
「え?」

セリフ(玲央・目を逸らして)
「いや、なんでもない」


ト書き:
美海は何も言えずに、
ただ彼の横顔を見つめた。

頬にかかる夕陽が、金色に光る。

その顔は――誰よりも優しかった。



柱:下校時・昇降口


ト書き:
靴を履き替えながら、玲央が無言で傘を差し出した。

今日は晴れているのに。


セリフ(美海・笑って)
「……また貸してくれるの?」

セリフ(玲央)
「昨日、返すって言ってたから」

セリフ(美海)
「でも、今日は雨降ってないよ?」

セリフ(玲央)
「……降ってなくても、返すって約束だろ」


ト書き:
美海は傘を受け取りながら、ふと気づく。

その傘の取っ手に、小さく名前が刻まれていた。

――R.A.


セリフ(美海・小声で)
「……玲央、これ……」

セリフ(玲央・小さく笑って)
「バレたか」

セリフ(美海)
「なんで名前入ってるの?」

セリフ(玲央)
「落としても、お前が見つけるように」

ト書き:
その瞬間、
美海の胸が“ぎゅっ”と音を立てた。

言葉が出ない。

ただ、息が詰まるほど、嬉しかった。


柱:校門前/夕暮れ


ト書き:
風が吹き抜け、髪が揺れる。

二人の距離は、肩が触れそうで触れない。


セリフ(美海・小さな声で)
「玲央って……優しいね」

セリフ(玲央・ぼそりと)
「お前だけな」


ト書き:
美海の心臓が跳ねた。

玲央の視線はまっすぐで、嘘がない。


セリフ(美海・顔を赤らめて)
「……そういうの、ずるいよ」

セリフ(玲央)
「お前が鈍いだけ」


ト書き:
夕陽が完全に沈む。

校舎の影が長く伸び、風の中で二人だけの時間が止まったようだった。

玲央がポケットに手を突っ込みながら言う。


セリフ(玲央)
「俺、もう喧嘩しねぇ。お前に言われたし」

セリフ(美海)
「ほんとに?」

セリフ(玲央・小さく頷いて)
「……その代わり、守ってやるのは、言葉で」


ト書き:
その言葉に、美海は目を細めた。

涙が出そうなくらい、嬉しくて、眩しかった。