『隣で、生きていく。』 こちらはマンガシナリオになります。 「第9回noicomiマンガシナリオ大賞」にエントリーしています。

柱:放課後・校門前/雨


ト書き:
チャイムが鳴り終わっても、教室に残る生徒はまばら。

窓の外では、いつの間にか雨が降り出していた。

灰色の雲が、空をすっかり覆っている。

美海は傘を忘れたことに気づき、鞄の中を探す。

教室の隅に、置き傘の箱。

けれどそこにも一本も残っていない。


セリフ(美海・小声で)
「……やっちゃった」


ト書き:
廊下を歩く足音。

振り返ると、玲央がカバンを肩にかけて立っていた。


セリフ(玲央)
「帰らないのか」

セリフ(美海)
「あ、傘忘れちゃって……。玲央は?」

セリフ(玲央)
「ある」


ト書き:
玲央が手にしていたのは、黒い折りたたみ傘。

無地で、シンプル。

彼らしい。

少し迷ったあと、玲央は傘を開いて、美海の方を見た。


セリフ(玲央)
「……一緒に行くか?」


ト書き:
その一言に、美海の心が一瞬止まる。

冗談でも冷やかしでもなく、ただ自然に言ってのけた。


セリフ(美海・笑顔で)
「うん。……ありがとう」



柱:学校前の坂道/雨の中


ト書き:
一つの傘の下。

玲央の肩越しに見える景色は、いつもより静か。

雨の音と、二人の足音だけが響く。

傘の端から、ぽとりと水滴が落ちて、二人の手の甲を濡らした。


セリフ(美海・ぽつりと)
「玲央、昔もこんなふうに一緒に帰ったよね」

セリフ(玲央)
「……覚えてる」

セリフ(美海)
「ほら、小学校の時、帰り道で雨に降られて。玲央が『濡れても平気』って言ってたのに、次の日、風邪ひいたんだよ」

セリフ(玲央・小さく笑って)
「……そんなこともあったな」


ト書き:
美海の横顔を、玲央はふと見た。

少し伸びた髪。濡れたまつげ。

それらが、どこか懐かしい。

でも、今の彼女はもうあの頃とは違う。

強くなった。優しくなった。

そして、今も変わらず“真っ直ぐ”だった。


セリフ(玲央)
「……お前ってさ、変わらないよな」

セリフ(美海)
「そう? 私、ちょっとは大人になったと思ってるけど」

セリフ(玲央)
「中身の話だ。……嘘つけないところ」


ト書き:
美海は照れくさそうに笑う。

雨粒が傘を叩く音が、少しだけ柔らかくなったように感じた。


柱:信号の前/夕方・雨上がり


ト書き:
交差点の信号が赤に変わる。

二人は立ち止まり、ふと空を見上げた。

雲の切れ間から、夕陽が少しだけ差し込んでいる。

傘の中に、オレンジ色の光が落ちる。

美海がそっと指を伸ばし、傘の布を押さえる。


セリフ(美海)
「ねぇ、玲央。あの噂……気にしてないって言ってたけど」

セリフ(玲央)
「まだ気にしてるのか」

セリフ(美海)
「うん。だって……玲央は悪くないのに」

セリフ(玲央)
「世の中、悪くなくても言われることある。慣れた」


ト書き:
玲央の声は静かで、どこか遠い。

けれど、美海にはその“慣れた”という言葉が、
小さな悲鳴のように聞こえた。


セリフ(美海)
「……慣れないでいいよ」

セリフ(玲央)
「は?」

セリフ(美海)
「傷つくことに、慣れちゃだめだよ」


ト書き:
玲央が目を丸くする。

次の瞬間、青信号に変わる。

歩き出そうとした美海の指先が、玲央の手に触れた。

ほんの一瞬。

でも確かに、触れた。


セリフ(玲央・少し照れながら)
「……危ないだろ」

セリフ(美海・頬を赤らめて)
「ご、ごめん。つい……」


ト書き:
玲央は顔をそむける。

けれどその耳は、うっすら赤く染まっていた。



柱:分かれ道/雨上がりの夕暮れ


ト書き:
駅へ向かう道の手前で、二人の帰り道は分かれる。

雨はすっかり止み、アスファルトの上に夕陽が反射していた。


セリフ(玲央)
「……ここでいい。俺、こっち」

セリフ(美海)
「うん」


ト書き:
傘を閉じ、玲央が軽く畳む。

その瞬間、美海の髪が風に揺れて頬を撫でた。

玲央は小さく息を呑む。


セリフ(玲央・小声で)
「また明日」

セリフ(美海)
「うん。……ありがとう、玲央」


ト書き:
玲央が背を向ける。

けれど、数歩歩いたあと、ふと立ち止まった。


セリフ(玲央・背中越しに)
「……傘、貸しとく。明日、返せばいい」

セリフ(美海・微笑んで)
「ありがとう」


ト書き:
玲央は手を振らずに去っていった。

けれど、美海の胸の中には、
彼が差し出した傘よりもずっと温かいものが残っていた。

雨上がりの空。

遠くで虹がかかっている。

――それは、

“二人の過去”と“これから”を繋ぐ最初の橋だった。