『隣で、生きていく。』 こちらはマンガシナリオになります。 「第9回noicomiマンガシナリオ大賞」にエントリーしています。

柱:朝・教室/始業前


ト書き:
チャイムが鳴る前の教室。

まだ半分くらいの生徒しか登校していない。

黒板の前には、席替えのくじ箱。

クラス委員が「一人ずつ引いてね〜!」と声を張る。

美海は笑顔で順番を待っていた。

くじを引く瞬間、胸の中に少しだけ期待と不安が入り混じる。

――隣の席、誰になるかな。


ト書き:
手の中の紙を開く。

黒板に貼り出された座席表に、名前が書かれていた。

美海の視線が止まる。

心臓が一瞬、跳ねた。


セリフ(美海・小声で)
「……え?」


ト書き:
隣の席——新井玲央。

教室の空気が少しざわついた。

周りの女子たちの声が一斉に上がる。


セリフ(女子A)
「真波、美海……隣、玲央じゃん!」

セリフ(女子B)
「大丈夫? 怖くない?」

セリフ(男子)
「真波、運悪ぃな〜」


ト書き:
笑い混じりの言葉たち。

けれど、美海は小さく微笑んだ。


セリフ(美海)
「ううん。……大丈夫だよ」


ト書き:
誰も知らない。

この胸の中で、
“懐かしい気持ち”がゆっくり息を吹き返していることを。



柱:1時間目直前/教室


ト書き:
玲央は、無言で机に座っていた。

イヤホンを片耳だけつけて、窓の外を見ている。

誰かに話しかけられても返事をしない。

ただ、静かに息をしているだけ。

美海は少しだけ緊張していた。

声をかけるか、迷っている。

でも——何も言わずにいたら、また距離ができてしまう気がして。


セリフ(美海・小さく)
「……おはよう」


ト書き:
一瞬だけ、玲央の指が止まる。

ゆっくりと顔を上げる。

目が合う。

その目は、冷たく見えるのに、不思議と穏やかだった。


セリフ(玲央)
「……おはよう」


ト書き:
たったそれだけの会話なのに、
胸の奥がじんわり温かくなる。

周りの友達がこっそり囁く声が聞こえる。

「え、しゃべった?」

「真波すげぇ……」

セリフ(美海・小声で笑いながら)
「……すごいって、なにそれ」


ト書き:
玲央の口元が、ほんの少しだけ動いた。

気づかれないほど、微かに。

笑ったような気がした。



柱:昼休み/教室


ト書き:
昼休みの教室。

クラスのあちこちで弁当を広げる音。

美海は席でお弁当を開いた。

ふと隣を見ると、玲央は机に突っ伏している。

寝ているのか、ただ目を閉じているのか分からない。


セリフ(美海)
「玲央、お昼食べないの?」


ト書き:
返事はない。

けれど、微かに眉が動いた。

まるで「放っておけ」と言っているようで、
でもどこか寂しそうでもあった。


セリフ(美海)
「……ほら、これ。卵焼き、好きだったよね」


ト書き:
小さなタッパーに入った卵焼きを、玲央の机の端に置く。

玲央はゆっくり顔を上げた。

無言で見つめ合う数秒。


セリフ(玲央)
「覚えてたのか」

セリフ(美海)
「うん。昔、よく一緒にお弁当食べたから」


ト書き:
玲央は一瞬、視線を落とし、
静かに箸を取って卵焼きを口に運ぶ。


セリフ(玲央)
「……味、変わらないな」

セリフ(美海・微笑んで)
「玲央も、変わってないよ」


ト書き:
その言葉に、玲央は何か言いかけたが、
すぐに口を閉じた。

代わりに、指先でペンを軽く回す。

癖のような仕草。

静かな昼。

それだけで、美海には十分だった。



柱:放課後・教室


ト書き:
授業が終わり、夕陽が窓から差し込む。

美海はカバンをまとめながら、玲央に小さく声をかけた。


セリフ(美海)
「ねえ、玲央」

セリフ(玲央)
「……なに」

セリフ(美海)
「噂のこと、気にしてない?」


ト書き:
玲央の指が止まる。

視線だけが美海に向けられる。


セリフ(玲央)
「……噂なんて、勝手に消える」

セリフ(美海)
「でも、傷ついてるでしょ」

セリフ(玲央)
「……お前まで信じるのか」

セリフ(美海)
「信じてないよ。信じてるのは、玲央のことだけ」


ト書き:
玲央がわずかに目を見開く。

その瞳に、一瞬だけ光が宿った。


セリフ(玲央・低く)
「……バカだな、お前」

セリフ(美海)
「玲央限定の、ね」


ト書き:
玲央は、少しだけ視線を逸らした。

頬に、夕陽の赤が滲む。

窓の外では、風が校庭の砂をさらっていく。

その音だけが、静かに響いた。

――彼女の声が、確かに届いた瞬間だった。