『隣で、生きていく。』 こちらはマンガシナリオになります。 「第9回noicomiマンガシナリオ大賞」にエントリーしています。

柱:放課後・教室/午後4時45分


ト書き:
チャイムの音が鳴り終わると同時に、教室のざわめきが弾けた。

夕陽が窓の外から斜めに差し込み、机の上にオレンジの影を落とす。

女子たちの笑い声。男子のはしゃぎ声。

教室という小さな世界が、一日の終わりにゆっくりと解けていく。

美海はその真ん中で、静かにノートを閉じた。

今日の授業内容をざっと見返して、カバーを撫でる。

几帳面な性格。ノートの角はいつもきちんと揃っている。


セリフ(莉奈)
「ねえ、美海!また次のテスト範囲広いって!やばいよ〜」

セリフ(美海)
「大丈夫。今日から少しずつやろ?」


ト書き:
親友の佐伯莉奈が机に頬を乗せて文句を言う。

そんな日常の中、
ふと――後ろの席で、男子たちの小さな噂話が耳に入った。


セリフ(男子A・小声で)
「なあ聞いた?この前の件。2組のやつ、玲央に絡んで腕やられたらしい」

セリフ(男子B)
「マジ?やっぱアイツヤバいって。無口だし、何考えてるか分かんねぇし」

セリフ(男子C)
「でもさ、顔はいいよな。黙ってりゃモデルみたいなのに」

セリフ(男子A)
「その“黙ってりゃ”が一生なんだよ、アイツは」


ト書き:
笑い声と一緒に飛び交う噂。

美海は手を止めて、ゆっくり振り返った。

教室の隅、窓際。

黒髪を少し伸ばした少年が、肘をついて外を眺めている。

その視線の先には、沈みかけた太陽。

無言のまま、誰にも背を向けるようにそこにいた。


――新井玲央。


ト書き:
クラスで“怖い”と有名な彼。

喧嘩っ早い、無口、目つきが悪い。

だけど、美海は知っている。

彼が本当はそんな人じゃないことを。


セリフ(美海・小声で)
「……また噂」

セリフ(莉奈)
「なに?」

セリフ(美海)
「玲央のこと。……あんなの、信じなくていいのに」

セリフ(莉奈)
「え〜?でも、美海は優しすぎ。あんな人、近づいたら損するって」

セリフ(美海)
「損とか得とかで、人は決められないよ」


ト書き:
美海の声は穏やかだが、芯がある。

誰にでも優しいわけではない。

ただ、信じることをやめないだけ。


セリフ(莉奈)
「もしかして……気になってる?」

セリフ(美海)
「……昔、助けてもらったんだ」

セリフ(莉奈)
「助けてもらった?玲央に?」


ト書き:
美海は少し遠くを見つめる。

あの雨の日。

幼かった自分が泣いていた公園のベンチ。

冷たい雨の中、ひとり傘を持って現れた少年。

――「泣くな。風邪ひくぞ」

その時、初めて聞いた玲央の声は、今でも耳に残っている。

無口なのに、なぜか温かい。

誰よりも静かで、優しかった。


セリフ(美海)
「傘、差してくれたの。びしょ濡れになってまで」

セリフ(莉奈)
「……それが、玲央?」

セリフ(美海)
「うん。あの頃から、変わらないんだよ。優しいのに、それを見せないところも」


ト書き:
莉奈は少し呆れたように笑う。

けれど、その笑顔の裏で、美海が本気だと悟っている。

彼女は“恋してる目”をしていた。


セリフ(莉奈)
「ま、美海がそう言うなら止めないけど……気をつけなよ」

セリフ(美海)
「うん。大丈夫」


ト書き:
教室の外では、夕陽が赤く空を染めている。

その光の中で、美海はもう一度、玲央を見た。

彼の指が、窓枠を無意識にたたいている。

何かを我慢するように。

何かを、隠しているように。

――それでも、美海は知っている。

彼が見ている“外の世界”よりも、
本当は、この教室の中で孤独と戦っていることを。


セリフ(美海・心の声)
「ねえ玲央、今もあの時みたいに……優しいの?」


ト書き:
玲央がほんのわずかにこちらを振り返る。

視線が交わる。

けれど、すぐに逸らされた。

胸がちくりと痛む。

それでも――どこか懐かしかった。


セリフ(美海・小さく微笑んで)
「……うん、やっぱり変わってない」


ト書き:
玲央は、そんな美海の表情に気づいたのか、
ほんの少しだけ眉を寄せた。

まるで「思い出すな」と言いたげに。

だが、その視線の奥に、
彼女にしか見えない“優しさの残り火”が確かにあった。

――こうして、静かな午後が終わる。

誰も知らない二人の時間が、ゆっくりと動き始めた。