『隣で、生きていく。』 こちらはマンガシナリオになります。 「第9回noicomiマンガシナリオ大賞」にエントリーしています。

柱: 数日後/夕方・新井家の前/午後5時半


ト書き:
沈みかけの夕陽が街を橙に染める。

住宅街の中、少し古びた二階建ての家がひっそりと佇んでいる。

その前に立つ玲央の背は、いつもよりずっと小さく見えた。


美海(心の声):
(ここが玲央の家……)

(ずっと一人で抱えてきた“原点”の場所)


ト書き:
玲央は黙って立ち尽くしている。

指先は震えていた。

そんな彼の背中に、美海がそっと声をかける。


美海(静かに):「……大丈夫。私、ここにいるよ。」


ト書き:
玲央は振り向かないまま、小さく息を吐く。


玲央(低く):「……会いたくなかったんだ、ほんとは。でも、もう逃げたくない。お前に“変わる”って言ったから。」

美海:「うん。……一緒に行こう。」


ト書き:
玲央は頷き、ゆっくり玄関のドアを叩く。

重い音。

数秒の沈黙。

やがて、中から年老いた男性の足音が近づいた。


父(低い声で):「誰だ。」

玲央(かすかに):「……俺だよ。」


ト書き:
ドアが開く。

年を取った父親が立っていた。

目の下には深い皺、そして無表情。

一瞬、時間が止まる。


父:「……玲央か。今さら、何の用だ。」

玲央(小さく):「……話したいことがある。」

ト書き:
父は沈黙する。

その視線の奥には、かすかな驚きと警戒。

美海は一歩後ろで、玲央の背中を見つめていた。


父:「話したいこと? 今さら親子ごっこか?」

玲央(声を震わせながら):「違う。ただ……俺、自分が何を許せなかったのか、確かめたくて。」


ト書き:
玲央は拳を握りしめる。

それは怒りではなく、決意の形。


玲央(続けて):「俺、ずっと“あんたの血が流れてる”のが怖かった。誰かを殴るたびに、“また同じことしてる”って思って……でも、俺は変わるって決めた。もうあんたみたいにはならない。」


ト書き:
父の目がわずかに揺れる。

けれど、すぐに冷たい笑いに変わった。

父(鼻で笑って):「ほう、立派になったじゃないか。でもな、人間の性根はそう簡単に変わらねぇ。」

美海(耐えきれず前に出て):「違います!」


ト書き:
玲央が驚いたように振り向く。

美海は震える声で続けた。


美海:「玲央は、変わってます!
 誰かを守るために、もう暴力を選ばない人です!怖くても、ちゃんと向き合って……私のことも、守ってくれたんです!」


ト書き:
父親が一瞬、言葉を失う。

玲央は目を見開き、唇を噛む。


玲央(小さく):「……美海、もういい。」

美海(首を振って):「よくない。だって、玲央はちゃんと努力してる。誰かを憎むんじゃなくて、自分を信じようとしてる。そんな玲央を、“変われない”なんて言わないで。」


ト書き:
静寂が落ちる。

父親は深く息を吐き、視線を逸らした。


父(ぼそりと):「……母さんは元気か?」

玲央(少し驚きながら):「別居してるって聞いたけど……元気だ。」

父(小さく頷き):「そうか。」


ト書き:
それだけ言って、父は家の中に戻ろうとした。

玲央は背中に向かって声をかける。


玲央(静かに):「……俺、あんたを許せたわけじゃない。でも、もう憎むのもやめる。俺は俺の生き方で、幸せになる。」


ト書き:
父は立ち止まり、わずかに振り返る。

ほんの一瞬、目の奥に微かな寂しさが宿った。


父:「勝手にしろ。」


ト書き:
玄関のドアが閉まる。

静けさだけが残る。


美海(そっと手を伸ばして):「玲央……」


ト書き:
玲央はふっと息を吐き、空を仰ぐ。

目尻が少しだけ赤い。


玲央(苦笑しながら):「……泣かせたの、俺の方かもな。」

美海(微笑して):「いいの。だって今の涙は、前に進むための涙だもん。」


ト書き:
二人は手を取り合う。

空はもう夜に溶けかけている。

その手の温度が、二人の新しい“家”の形だった。


ト書き:
過去は消えない。

けれど、それを乗り越えることで人は変われる。

“守られるだけの恋”は終わり、
今、二人は“共に生きる恋”を選んだ。