『隣で、生きていく。』 こちらはマンガシナリオになります。 「第9回noicomiマンガシナリオ大賞」にエントリーしています。

柱: 翌日・日曜日/玲央の家近くの川沿い/午後3時


ト書き:
曇り空の下、川沿いの風が少し冷たい。

土手を歩く美海は、手に小さな袋を抱えていた。

中には、手作りのクッキー。

玲央が「好き」と言っていたチョコチップ入りだ。


美海(心の声):
(昨日の玲央……少し笑ってた)

(でも、あの笑顔の奥に、まだ消えない影がある)


ト書き:
川沿いのベンチに、玲央がいた。

イヤホンを片耳に差したまま、ぼんやりと水面を見つめている。

風が彼の髪を揺らし、その横顔はどこか遠い。


美海(優しく):「玲央。」

ト書き:
玲央が振り向く。

少し驚いたように眉を上げ、それから微笑を浮かべた。


玲央:「……美海。どうしたの?」

美海:「クッキー焼いたの。昨日の、お礼。」


ト書き:
玲央は袋を受け取り、黙って中を覗く。

そして、ほんの少しだけ笑った。


玲央(穏やかに):「ありがと。……美海の手作り、久しぶりだな。」

美海:「中学の時以来だね。覚えてたんだ。」

玲央(小さく笑って):「あのとき、焦がしたやつ。」

美海(照れながら):「もう言わないでよ。」


ト書き:
二人の間に、わずかに笑いがこぼれる。

でも、その後すぐに沈黙が落ちた。

川の流れる音だけが響く。


美海(そっと):「……玲央。昨日、言ってた“怖い”って……ずっと前からなの?」


ト書き:
玲央の表情がわずかに陰る。

彼は視線を川面に落としたまま、小さく息を吐く。


玲央(低く):「……たぶん、ずっとだ。小さい頃、家で喧嘩ばっかり見てた。親父が母さんに怒鳴って、物を壊して……それを止めようとした俺が、殴られた。」


ト書き:
美海は息を飲む。

玲央の声は淡々としているのに、その中にひどく痛い静けさがあった。


玲央(続ける):「そのうち、俺も怒ることでしか何もできなくなった。誰かが俺を見下したり、バカにしたりすると……体が勝手に動いてた。中学の頃、美海のことを庇ったときも、俺、止まらなかったんだ。」

美海(小さく首を振りながら):「あのとき、私、玲央に助けられたのに。」

玲央(苦笑して):「守りたくて殴ってた。結局、父親と同じだった。」


ト書き:
玲央の手が膝の上で握られる。

美海はその手を、そっと包み込んだ。


美海(静かに):「玲央は、お父さんとは違う。だって、昨日……“殴らない”って選んだでしょ?怖くても、止まれた。それが全然違うよ。」


ト書き:
玲央の瞳が揺れる。

強く握っていた拳が、少しずつ緩んでいく。


玲央(かすれた声で):「……俺、変われるのかな。」

美海(涙をこらえながら):「変われるよ。だって、もうこんなに優しくなってるもん。」


ト書き:
玲央は顔を上げる。

美海の目には涙が浮かんでいた。

それを見た瞬間、玲央の胸が締め付けられる。


玲央(震える声で):「泣くなよ……俺のせいで。」

美海(涙を拭いながら笑って):「違うの。玲央のこと、ちゃんと知れて嬉しいの。」


ト書き:
玲央は呆然と彼女を見つめる。

その笑顔は、どこまでも優しく、痛いほど真っすぐだった。


玲央(心の声):
(俺の過去を知っても、離れないのか……)

(こんな人、他にいない)


ト書き:
玲央は美海の頭に手を伸ばし、そっと抱き寄せた。

風が吹き、木々がざわめく。

彼女の髪が玲央の胸に触れる。


玲央(小さく):「美海……俺、お前がいてくれてよかった。」

美海(胸の中で囁くように):「玲央……一緒に、前に進もう。」


ト書き:
痛みの中に芽生えた恋は、
過去を超えて、未来を掴もうとしていた。

“孤独”と“優しさ”が溶け合うとき、
二人の心は、ようやく同じ温度になった。