通学路の桜並木が、今日も薄桃色に揺れていた。

風に舞う花びらが、まるで時間の砂みたいに見える。

私は歩きながら、何度もスマホの時計を見た。

午前七時三十二分。

いつもより三分早い。

それなのに、心の中は妙に“遅れている”気がしてならなかった。

交差点の角を曲がると、小さな雑貨店の前に見慣れた黒猫がいた。

「……あれ?」

その猫、前にもここで見た気がする。

同じポーズで、同じ方向を見ていた。

まるで、昨日と今日が重なっているみたい。

学校の門に着くと、ちょうど鐘が鳴った。

その瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。

「午後五時四十分……」

思わず口にして、ハッとする。

どうしてそんな時間を思い浮かべたんだろう。

教室に入ると、友達の声が聞こえた。

「ねぇ、今日転校生が来るんだって!」

その言葉を聞いた瞬間、
世界が止まったように感じた。

転校生。

心のどこかで、その響きを知っている。

でも、まだ思い出せない。

ホームルームの扉が開き、担任の先生の声が響いた。

「今日からこのクラスに転校してきた、柊蓮くんです」

目の前の光景が、昨日と同じように広がる。

黒髪の少年がゆっくりと頭を下げ、
顔を上げた瞬間、彼と目が合った。

彼の表情が、わずかに変わった。

驚きと、安堵と、そして――ほんの少しの希望。

その目が言っていた。

“今回は……違うのかもしれない”
胸の奥が熱くなる。

私はその理由を知らない。

けれど確かに感じた。

この瞬間を、
私はもう一度生きている。