その日の放課後は、空が少し曇っていた。

午前中はあんなに晴れていたのに、
今にも雨が降りそうな気配が、校舎の窓ガラスに映っていた。

「水瀬さん」

声に振り向くと、柊くんが立っていた。
制服のポケットに手を入れて、少し俯いている。


「今日……屋上、行かないほうがいい」


唐突な言葉に、私は目を瞬かせた。

「え?」

「……風が強いから」

彼はそれだけ言って、視線を逸らす。

その横顔が、どこか苦しそうだった。

まるで“何かを知っている人”の顔。

「どうしたの? もしかして、何かあったの?」

問いかけても、彼は答えない。

沈黙が、雨の匂いと混ざって重たく落ちる。

私は思わず笑ってみせた。

「大丈夫だよ、私。屋上好きなんだ。風の音が落ち着くし」

すると彼が、すぐに言葉を重ねた。

「だめだ」

その声は、驚くほど強くて、
でもすぐに掠れた。


「……お願いだから、今日は行かないで」


その“お願い”の響きが、胸に残った。

私の知らない何かを、彼は知っている。

それが、どうしようもなく怖くて、
けれど同時に、涙が出そうになるほど優しかった。