あの日のことを、俺は一度も忘れたことがない。

桜が満開で、空は透きとおるように青かった。

水瀬あかりは、笑っていた。

「ねぇ蓮、卒業してもさ、また一緒に桜見ようね」

その笑顔が、あまりにも眩しかった。

俺はただ頷くだけで、何も言えなかった。

その“沈黙”が、すべてを変えた。

放課後、彼女は忘れ物を取りに学校へ戻っていった。

俺はその後を追いかけた。

雨が降り出して、傘を持っていなかった彼女が、
校門を出て、道路を渡ろうとした――


「あかり、危ない!」


叫んだ瞬間、ブレーキ音が世界を裂いた。

光と音が混ざり、時間が止まったように感じた。

彼女の体が倒れていく光景を、
俺はただ見ていることしかできなかった。

地面に膝をついて彼女の手を握ったとき、
その指先はもう冷たくなりかけていた。


「いやだ……まだ言ってないんだ。
 好きだって、伝えてないのに……!」


声が震えて、涙で視界が滲んだ。

彼女のまつ毛がかすかに揺れ、
唇が動いた。

「……次は……笑ってね……」


その言葉を最後に、彼女は目を閉じた。
世界が音を失った。

俺の時間は、そこで止まった。

——そして気づいたら、朝だった。

あの日の朝に、戻っていた。

時計も日付も、すべて同じ。

外には、同じ春の光が差していた。

そのとき、思った。

「神様がくれた罰か、チャンスか。
どちらでもいい。
もう一度、彼女を救えるなら」

それから何度も、何度も繰り返した。

でも、どの世界でも、彼女は消えた。

理由は違っても、結果は同じだった。

だから今度こそ、変える。

彼女が“あの日”に行かないように。

桜の下で笑っていられるように。

たとえ、俺がもう戻れなくても。