放課後の屋上は、風の音だけが響いていた。

夕陽が校舎をオレンジに染めて、
フェンスの向こうでカラスがゆっくりと旋回している。

「来てくれて、ありがとう」

蓮くんが微笑む。

その笑顔がどこか寂しくて、
私は胸の奥がきゅっと痛くなった。

「この前の夢……少し、思い出したの」

「夢?」

頷くと、彼の表情が一瞬、固まった。

「桜の下で……誰かが私を呼んでた。

 止まって、って。

 でも、私は止まれなくて——
 光の中で、全部が終わったの」


沈黙。


風が髪を揺らす音だけが聞こえた。


「……それ、本当に夢だと思う?」


蓮くんの声が、少し震えていた。

「え……?」

「水瀬さん。
もし、同じ一日を何度も繰り返してたら、
 その記憶は“夢”みたいにぼやけて残るんだ。

 でも、たまに……誰かの心に“断片”が残ることがある」


彼の目は真剣で、どこか遠くを見ていた。


まるで、自分のことを話しているように。

「もしかして、蓮くん……」


「俺は――時間を、やり直してる」


夕陽が沈み、風が止まった。

世界の音がすべて消えたみたいだった。

「信じられないよね。
でも本当なんだ。
 何度も、何度も、同じ日を繰り返してる。
 君を……助けるために」


胸の奥が熱くなった。

涙が勝手に溢れてくる。

「助けるって……私、どうなってたの?」

蓮くんは答えなかった。

ただ、そっと私の手を握った。

その手が、かすかに震えていた。

まるで何度も失って、やっと届いた温もりみたいに。

「大丈夫。
今回こそ、君を守る」

その言葉が、胸の奥に焼きついた。

風がまた吹き抜け、桜の花びらがひとひら、フェンスを越えて舞った。