四月の風が少しずつあたたかくなってきた。

校庭の桜は散り始め、枝先には淡い緑の葉が見える。

それでも、胸の奥ではまだ花びらが舞っていた。

何度も、何度も。

最近、変なことが増えた。

初めて歩くはずの道なのに、曲がり角の先がわかる。

まだ授業で出てない問題を、解いたことがある気がする。

――そして、蓮くんと話すたびに、心の奥がざわつく。

「水瀬さん、昨日の宿題、見せてもらっていい?」

放課後の教室で、彼が何気なく言った。

それだけなのに、胸が高鳴る。

ノートを渡すと、彼の指先が一瞬、私の手に触れた。

その瞬間――世界が少し、遅くなった気がした。

頭の中で、声が響く。

“あかり、危ない!”

“お願い、もう一度だけやり直させて——”

息が詰まる。

胸の奥が痛くて、でもなぜか涙がこぼれそうだった。

「……水瀬さん? 大丈夫?」

「うん……ただ、ちょっと……変な感じ」

笑おうとしたけれど、うまく笑えなかった。

彼の目が真剣になる。

まるで、私の心の中を覗き込むように。

「……もしかして、何か思い出した?」

「思い出した?」

その言葉が、胸の奥にひっかかった。

“思い出したくない何か”が、確かにある。

だけど、わからない。

わからないのに、涙がこぼれる。

蓮くんはそっとハンカチを差し出した。

その仕草があたたかくて、少しだけ安心する。

「……ありがと」

彼は微笑んで言った。

「大丈夫。今回は、きっと上手くいく」

“今回は”――

その言葉の意味を、私はまだ知らなかった。