恋のリハーサルは本番です

カーテンコール。
照明が一気に上がり、拍手が、波のように押し寄せた。

歓声。
足音。

幕の向こうで弾ける現実。

深々と頭を下げる役者たちの列の中で、

水無月あかりは、袖の暗がりに立ち尽くしていた。

(……終わった)

いや。

(終わって、しまった)

胸の奥が、ぐちゃりと音を立てて崩れる。

――あの一行。
――あの沈黙。
――あの視線。

すべてが、観客の前に晒された。

「……すごかったですね」

隣で、亜理沙が呆然と呟く。

拍手に飲み込まれそうな声。

「……うん」

返事はしたのに、声が自分のものじゃない。

(私、今、何を見た?)

芝居?
告白?
それとも――事故?

幕の裏側。

役者たちが戻ってくる。

汗。
荒い呼吸。
興奮。

「……やば……」

誰かが笑う。

「客席、完全に持ってかれてたな」

別の誰かが言う。

現場は、成功の熱で満ちている。

でも。

その中心にいるはずの二人――
蓮と翔が、目を合わせない。

翔は、タオルで顔を拭きながら、

何事もなかったようにスタッフと話している。

プロの顔。

一方で。

蓮は。

袖に戻った瞬間、あかりを見た。

正確には――
見て、しまった。

一瞬。

ほんの、一瞬。

でも。

(……逃げなかった目)

あかりの喉が、鳴る。

(やめて)
(今は……見ないで)

なのに。

蓮は、目を逸らさなかった。

拍手が、まだ続いている。

歓声が、二人の間の沈黙を引き裂く。

その中で、蓮は小さく息を吸い、
何かを言いかけて――

「……」

言葉を、飲み込んだ。

(今じゃない)

それが、はっきりわかる。

代わりに、彼は深く一礼して、

もう一度、舞台へ戻る。

二度目のカーテンコール。

拍手は、さらに大きくなる。

(……逃げ道が、ない)

あかりは、理解してしまった。

これは、成功だ。

演劇として。
作品として。
そして――感情として。

「脚本家さん」

亜理沙が、無邪気に袖を引く。

「今日の答えって……
 台本に、ありましたっけ?」

あかりは、笑えなかった。

ゆっくり、首を振る。

「……なかった」

「ですよね」

亜理沙は、なぜか誇らしげに笑う。

「でも、あれが一番、きれいでした」

胸が、締め付けられる。

(役者が、書いた答え)
(私は……)

舞台上。

蓮が、最後の一礼をする。

その姿を見て、あかりは思う。

(これは、まだ“本編”だ)

カーテンコールは、終わりじゃない。

ただ、
逃げられなくなった合図だ。

拍手が、ようやく収まる。

幕が、完全に閉じる。

楽屋へ向かう通路で、
人の流れが交錯する。

その混乱の中で――
蓮が、あかりの前に立った。

「……今日の芝居」

たった、それだけ。

それだけなのに。

空気が、張り詰める。

「……ごめんなさい」

あかりは、先に言ってしまった。

蓮が、目を見開く。

「私、書けなかった」

震える声。

「だから……あれは、あなたの――」

「違う」
被せるように、蓮が言う。

静かに。

でも、はっきりと。

「あれは、二人分だ」

息が、止まる。

拍手の余韻が、まだ耳に残っている。

成功のざわめきの中で。

二人だけが、
本番の続きを生きていた。

――この夜は、まだ終わらない。