恋のリハーサルは本番です

稽古場に、妙な静けさが残っていた。

昨日まで張りつめていた空気とは違う。

爆発寸前の緊張でもない。

──決まってしまった後の、静けさ。

桜井蓮は、立ち位置のテープを見下ろしていた。

ヒロインの立ち位置。

自分の立ち位置。

そして──翔の立ち位置。

(逃げ場がないな)

舞台上では、三人が必ず交差する構図になっている。

偶然じゃない。

水無月あかりが、意図してそう配置した。

無意識かもしれない。

でも、感情が滲んだ結果だ。

「……位置、確認します」

あかりの声が響く。

淡々としている。

でも、目は伏せられていた。

蓮は一歩、前に出る。

その瞬間、翔も同時に動いた。

目が合う。

何も言わない。

もう、言葉は尽くしている。

(譲らない)

(待たない)

それぞれが選んだ答えは違うのに、

向かう場所は同じ舞台の上だ。

「……近いですね」

ぽつりと、亜理沙が言った。

完全に悪気のない声。

「三人とも、距離感」

一拍。

「大人の三角関係って、物理的にも地獄なんですね」

空気が、止まる。

演出家・佐藤が、咳払いをした。

「姫野、今のは余計」

「えっ、すみません!」

慌てる亜理沙。

だが──
佐藤は、ニヤリと笑った。

「……でも、悪くない」

全員が、顔を向ける。

「その居心地の悪さ、
 そのまま芝居に持ち込んで」

あかりが、息を呑む。

「佐藤さん……」

「私情があるなら、隠すな」

きっぱりと。

「どうせ隠しきれてない」

蓮の胸が、どくりと鳴る。

翔は、視線を落とさない。

「もう一回、最初から」

佐藤の声が、稽古場に落ちる。

通し稽古でもない。

ただのシーン確認。

──なのに。

台詞が、刺さる。

視線が、絡む。

ヒロイン役の亜理沙が、
二人を見比べて、一瞬だけ言葉に詰まる。

(……あ、これ)

無自覚に、核心に触れてしまった顔。

その沈黙を──
蓮は、逃げなかった。

一歩、踏み出す。

台詞よりも先に、感情が前に出る。

あかりのペンが、止まる。

(……来た)

待たない、と決めた男の動きだった。

翔は、それを見て、わずかに口角を上げる。

(やっとだ)

譲らない覚悟と、

待たない覚悟が、

同じ舞台で、真正面からぶつかる。

──もう、戻れない。