恋のリハーサルは本番です

通し稽古の合間。

舞台上は暗転し、照明のチェックが入っている。

その隙間の時間で──
高峰翔は、一人、舞台袖に立っていた。

背中はまっすぐ。

感情を飲み込む癖が、その姿勢に出ている。

(逃げない、って言った)

それは、あかりに対してじゃない。

蓮に対してでもない。

(……舞台に対してだ)

翔は、静かに拳を握る。

自分は、選ばれなかった。

二作連続主演。

その座は、蓮のものだった。

悔しくないわけがない。

納得しているわけでもない。

それでも。

(だからって、舞台を壊す理由にはならない)

舞台中央に立つ蓮を、遠くから見る。

真剣で。

迷っていて。

それでも、逃げていない。

(……腹立つほど、役者だ)

翔は、短く息を吐く。

そこへ──
水無月あかりが現れる。

台本を抱えたまま、足を止めた。

「翔」

呼び方が、いつも通りで。

それが、逆に刺さる。

「……今、少しいい?」

翔は、頷いた。

二人の間に、距離がある。

でも、逃げてはいない。

「昨日……」

あかりが言葉を探す。

「私、ちゃんと線を引いてるつもりだった」

翔は、静かに聞く。

「でも、引けてなかったかもしれない」

あかりの声が、揺れる。

「混乱させたなら、ごめんなさい」

翔は、少しだけ笑った。

「謝られる筋合いはない」

あかりが、顔を上げる。

翔は、はっきり言う。

「好きになったのは、俺の責任だ」

一瞬の沈黙。

「でも」

翔は、続ける。

「だからって、役を譲る気はない」

きっぱりと。

あかりの目が、見開かれる。

「……それって」

「プロだから」

翔は、即答した。

「感情で立つなら、
 この舞台、やる資格ない」

あかりは、唇を噛む。

翔は、視線を逸らさない。

「俺は、勝ちたい」

「役者として。
 舞台の上で」

「恋の勝ち負けは、後だ」

空気が、張る。

あかりは、小さく息を吸った。

「……強いですね」

翔は、肩をすくめる。

「強くないと、ここには残れない」

少し間を置いて。

「でもな」

声が、低くなる。

「逃げるほど、優しくもない」

あかりの胸が、きゅっと締まる。

その会話を──
舞台袖の影で、蓮が聞いていた。

表情は、動かない。

でも、胸の奥が、静かに熱を持つ。

(……譲らない、か)

翔は、舞台へ向き直る。

「行こう。
 通し、続きだ」

背中が、まっすぐだった。

それは、恋に勝つ背中じゃない。

舞台に、選ばれ続ける覚悟の背中だった。