恋のリハーサルは本番です

スマホの画面が、まだ光っている。

『俺は、もう待たない』

『脚本家としてじゃなくて、
 水無月あかりを、好きになった』

文字は、変わらない。

読めば、読んだだけ。

胸の奥が、ひび割れていく。

(……だめ)

あかりは、スマホを置いた。

テーブルの上。

伏せたままなのに、

そこにあるだけで、圧がある。

(これは……)
(返事、しなきゃ)

頭では、わかっている。

でも。

身体が、動かない。

(好き)

その二文字が、

胸の内側で、何度も跳ねる。

(……知ってる)

自分が、どれだけ彼を見てきたか。

稽古場での背中。

声のトーン。

他人を立てる距離感。

脚本を書きながら、
知らないふりをしてきた感情。

(なのに)

“待たない”。

その言葉が、怖い。

(待たない、って)
(選ばせるってことじゃない)
(逃げ道を、塞ぐってこと)

あかりは、ソファから立ち上がる。

部屋を、意味もなく歩く。

台本を掴んで、また置く。

(私、何してる)

脚本家なら。

誰かの覚悟を、
受け止める言葉を、知ってるはずなのに。

(……これは)
(仕事じゃない)

だから、処理できない。

胸が、苦しい。

息が、浅くなる。

あかりは、壁にもたれる。

ずるり、と座り込む。

(無理)
(無理だ)

涙が、溢れる。

音を立てないように、

歯を食いしばる。

(蓮は……)
(優しい顔で)
(こんな残酷なこと、言う)

責めたいわけじゃない。

わかっている。

彼は、誠実だ。

だからこそ。

(……ずるい)

覚悟を向けられて。

拒めば、彼を傷つける。

受け取れば、舞台が壊れる。

(私が)
(壊す)

自分の書いた台本。

自分の守ってきた距離。

全部。

(……書けない)

ノートパソコンを開く。

画面は、白。

カーソルが、点滅する。

ヒロインの台詞。

『私は、待たせない』

書いたのは、自分だ。

(……言えない)

指が、震える。

(私、卑怯だ)

覚悟を持った彼に対して。

逃げたい自分が、情けない。

再び、スマホを手に取る。

返信画面。

何も打てない。

(……今は)
(返せない)

既読をつけたまま。

沈黙を、選んでしまった。

あかりは、膝を抱える。

(明日)
(どうやって、顔見ればいいの)

夜は、深い。

同じ夜。

誰かは、覚悟を言葉にして。

誰かは、受け止めきれずに、崩れている。

(……私は)

脚本家なのに。

一番大事な台詞を、
まだ、書けないままだった。