恋のリハーサルは本番です

夜。

アパートの部屋は、静かすぎるほど静かだった。

デスクの上には、閉じられたノートパソコン。

開けば、また書けなくなると分かっている。

だから、あかりは何もせず、
ソファに座ったまま、天井を見ていた。

(……今日の通し)

思い出すだけで、胸がざわつく。

台本が壊れた瞬間。

佐藤の「続けろ」という声。

亜理沙の、あの一言。

「誰かの覚悟を、待つ役じゃない」

(……私の台詞じゃない)

なのに、
どうしてあんなにも、核心だったのか。

スマホが、震えた。

あかりは、反射的に画面を見る。

──桜井蓮。

一瞬、息が止まる。

(今は……)

(今は、読めない)

そう思ったのに。

指は、画面をタップしていた。

『今日の通しで、わかったことがある』

それだけ。

続きは、ない。

短すぎる文面。

なのに。

(……わかった、って)

胸が、ぎゅっと縮む。

彼は、いつもそうだった。

多くを語らない。

整理してから、言葉を選ぶ。

つまりこれは。

(……整理、終わったってこと?)

あかりは、スマホを伏せる。

(だめ)

(今の私は、受け止められない)

脚本家として。

舞台の責任者として。

立場が、邪魔をする。

(蓮は、主演)

(翔は、ライバル)

(私は、書いた人間)

整理しなきゃいけないことが、山ほどある。

……なのに。

心だけが、追いつかない。

再び、スマホを手に取る。

画面には、さっきの一文。

それだけで。

(……怖い)

何を言われるか、じゃない。

(待たないって、言われるのが)

あかりは、膝を抱える。

通しのときの、蓮の声。

「選ばれなくてもいい」

あれは、芝居だった。

……でも。

(あれ、半分は本音だった)

気づいてしまった。

気づいて、しまった。

(蓮は)

(待つのを、やめたんだ)

だから、このメッセージ。

確認でも、相談でもない。

(……宣言だ)

あかりは、深く息を吸う。

逃げない、と決めたのは。

彼だけじゃない。

(私だって)

(書くって、決めた)

震える指で、返信画面を開く。

文章を、打っては消す。

『今は、立場が──』

消す。

『少し時間を──』

消す。

(それ、全部)

(待たせる言葉だ)

スマホを、胸に押し当てる。

(……卑怯)

自分が、一番わかっている。

脚本の中では、

ヒロインに言わせたくせに。

「待てない」

なのに、自分は。

(……私は)

画面に戻る。

短く、打つ。

『わかったこと、聞かせて』

送信。

既読が、つく。

早すぎる。

(……起きてた)

心臓が、うるさい。

スマホを置いて、目を閉じる。

逃げ道は、もうない。

この夜で。

脚本家・水無月あかりは。

“書いた言葉に、追いつかされる側”になった。