恋のリハーサルは本番です

通し稽古が終わっても、
蓮は、すぐには動けなかった。

舞台上。

照明は落ちたまま。

誰もいないはずなのに、

さっきまでの言葉が、まだ空気に残っている。

(……待てない)

亜理沙の声。

台詞のはずなのに、

違った。

あれは──

(誰かの覚悟を、待つ役じゃない)

蓮は、ゆっくりと息を吐く。

今まで、信じてきた。

待つことは、誠実だと。

立場を守ることが、大人だと。

脚本家と俳優。

越えてはいけない線。

(だから、待っていればいい)

彼女が、整理するまで。

作品が、終わるまで。

その先で、もし──

(……違う)

通し稽古の、あの一瞬。

あかりが立ち上がった姿。

「ごめんなさい」

あの声。

(あれは)

逃げる声じゃなかった。

守ろうとする声だった。

作品を。

舞台を。

そして──

(自分の気持ちを)

蓮は、拳を握る。

(俺は、待ってたんじゃない)

(逃げてただけだ)

待つ、という言葉の裏に。

責任を、預けていた。

「選ぶのは、彼女だから」

「脚本家だから」

全部、正しい。

でも。

正しさの裏で。

彼女を、一人にしていた。

(……卑怯だ)

あの通しで、わかった。

翔は、違った。

正面から、出ていた。

ぶつけていた。

選ばせに行っていた。

(結果がどうでも、だ)

(向き合う覚悟が、ある)

蓮は、舞台中央に立つ。

さっき、翔と向き合った位置。

同じ床。

同じ距離。

(……俺は)

初めて。

脚本家でもなく。

主演俳優でもなく。

一人の男として。

水無月あかりを、思い浮かべる。

ノートを抱える手。

無意識に唇を噛む癖。

誰にも見せない、弱さ。

(選ばせる)

それが、怖かった。

選ばれなかったら。

全部、失う気がして。

でも。

通しで見た。

ヒロインは、こう言った。

「待てない」

(あかりは)

(待たせる人じゃない)

蓮は、決めた。

もう、待たない。

答えを、預けない。

選択を、押し付けない。

(俺は)

(自分の言葉で、向き合う)

スマホを取り出す。

連絡先。

水無月あかり。

指が、一瞬止まる。

(今は……)

いや。

逃げない。

メッセージを打つ。

『今日の通しで、わかったことがある』

送信。

既読は、つかない。

でも、いい。

(待たないって)

(こういうことだ)

舞台袖。

暗い中で。

蓮は、静かに息を吸った。

この一歩は。

役じゃない。

芝居じゃない。

人生の、台詞だ。