恋のリハーサルは本番です

翌日の稽古場。

舞台中央。

照明は半分だけ落とされ、場当たり前の、曖昧な明るさ。

空気が、重い。

誰のせいかは、全員わかっている。

……わかっているから、誰も言わない。

「よし」

演出家・佐藤が、台本を閉じた。

「ちょっと止めよう」

俳優たちが、自然と輪になる。

桜井蓮と高峰翔は、視線を合わせない。

水無月あかりは、ノートを抱えたまま、俯いている。

佐藤は、ゆっくり二人を見た。

「桜井」

「高峰」

二人が、同時に顔を上げる。

「今の芝居」

間。

「……ぬるい」

空気が、ピンと張る。

「感情、抑えてるだろ」

佐藤は、遠慮がない。

「安全圏で、綺麗にやろうとしてる」

翔が、眉をひそめる。

「……それは」

「言い訳」

佐藤は、即座に切る。

「プロほど、逃げるのが上手い」

蓮が、息を吐く。

「……じゃあ、どうすれば」

佐藤は、あかりを見る。

「水無月」

「はい」

「今の二人、どう見える?」

あかりは、一瞬、言葉に詰まる。

(言ったら、全部出る)

「……正直」

声が震える。

「お互いを、見てないです」

「正解」

佐藤は、頷く。

「だから」

台本を掲げる。

「じゃあ、その私情で芝居しろ」

場が、ざわつく。

「え?」

亜理沙が、思わず声を上げる。

佐藤は、構わない。

「嫉妬」
「焦り」
「好きだって気持ち」
「全部、今、あるだろ」

蓮と翔を、交互に見る。

「それ、消すな」

「芝居にしろ」

沈黙。

「私情は、邪魔じゃない」

佐藤の声が、低くなる。

「扱えない私情が、未熟なだけ」

その言葉が、刺さる。

翔が、口を開く。

「……それって」

「舞台の上で、全部出せってことですか」

「そう」

佐藤は、即答した。

「観客は、嘘に金払わない」
「本気に、払う」

蓮が、ゆっくり頷く。

「……わかりました」

翔も、目を伏せてから、顔を上げる。

「……やります」

佐藤は、満足そうに笑った。

「よし」
「じゃあ」

一歩下がる。

「次のシーン」
「ヒロインが、二人の間で立ち尽くす場面」

全員が、息を呑む。

「水無月」

「……はい」

「今の気持ち」

佐藤は、逃がさない。

「そのまま、舞台に置け」

あかりの手が、震える。

(無理だ……)
(でも)

逃げ場は、ない。

「……書き直します」

あかりは、はっきり言った。

「今の感情で」

佐藤が、笑う。

「それでいい」
「壊れてもいい」
「壊れた先にしか、本物はない」

亜理沙が、小さく呟く。

「……地獄」

「うん」

佐藤が、即答する。

「でもな」

一拍。

「今が、一番おいしい」

沈黙の中。

蓮と翔が、ゆっくり視線を交わした。

避けない。

譲らない。

舞台の上で。

感情ごと、ぶつかる覚悟が、整った。

あかりは、ノートを強く握る。

(……書く)
(逃げない)

その日から。

この舞台は、
安全な作品ではなくなった。