婚約破棄されたので、好きにすることにした。王城編

 もしクロエが逃亡せずにおとなしく屋敷に戻っていたとしたら、おそらくキリフとの婚約は継続されたままだったと思われる。
「……キリフ殿下も、かなり残念な方で」
 ここが自分の屋敷で、聞いているのがクロエとエーリヒだけだからか。
 アリーシャは、率直にそう口にした。
「本気で婚約破棄するつもりはなくて、ただ婚約者に苛立ったからそう告げただけらしいの。でも、メルティガル侯爵家のクロエ嬢は、とてもおとなしくて気弱な方のようで」
 同じ名前でも、ずいぶんと違う。
 そう言われたような気がして、クロエは曖昧に笑う。
 たしかに前世を思い出した今のクロエと、父の言いなりだった昔のクロエは、見た目はもちろん、中身もまったく違う人のように見えるだろう。
「キリフ殿下にそう言われたのが相当ショックだったようで、そのまま行方不明になってしまった。メルティガル侯爵家でも必死に探している。でも、こんなに時間が経過してしまっては、もう……」
 もしメルティガル侯爵令嬢が王都から出ようとすれば、門を守る騎士たちが阻止し、その上で王城やメルティガル侯爵家に連絡があるはずだ。
 でもそんな目撃情報すらないと、アリーシャは痛ましそうに言った。
 王都は出入りを厳しく制限されていて安全なように思えるが、実際はスラムなどもあり、そんなに治安が良いわけではない。
 生粋の令嬢が、たったひとりで生き延びられているはずがない。アリーシャはそう思っているのだろう。
(あのクロエなら、そうだったかもしれない……)
 自分の話を、まったく知らない人の話として聞くのは不思議な気分だった。