エーリヒもクロエのように、どこかの貴族の養子となる話も出たが、彼は、完全に貴族の一員となることを嫌がった。
 たしかに条件付きでマードレット公爵家の養女となったクロエとは違い、一度貴族の養子になってしまえば、この国から出るのは難しくなってしまう。
 いずれ、この国を出て自由に生きたいと言ったクロエのために、エーリヒは不安定な立場のままでいる。
 クロエは、それが少し心配だった。
 けれどマードレット公爵令嬢となったクロエと正式に結婚すれば、エーリヒも公爵家の身内となる。
 エーリヒを守るためにも、早く結婚したかった。
「クロエ、どうした?」
 そう問いかけられて、我に返る。
 クロエの部屋で寛ぎ、魔法の本に目を通していたエーリヒが、心配そうにこちらを見ている。
「何度も溜息をついていた。何か不安なことでもあるのか?」
「……うん」
 頷くと、エーリヒは本を閉じて机の上に置き、クロエの傍に来て、隣に座った。
「何が心配なんだ?」
「エーリヒのことよ」
「俺の?」
 不思議そうな彼に、こくりと頷く。
 エーリヒは、貴族の中でも滅多に見ないほど、整った容姿をしている。
 アウラー公爵譲りの、煌めく銀色の髪。
 氷の刃のように研ぎ澄まされた、冷たく美しい容貌。
 そのせいで王女カサンドラに執着され、ずっと囚われていた。
 王城の夜会で遭遇したときの言動から考えても、カサンドラはまだエーリヒを自分のものだと思っているだろう。
「エーリヒを守るためにも、早く結婚したいと思ったの」
 そう告げると、彼はクロエの肩を抱いて引き寄せる。