婚約破棄されたので、好きにすることにした。王城編

 エーリヒは離れようとするクロエを捕まえて、引き寄せた。
「昔の話は嫌か?」
「ううん。クロエも、ちゃんと私の中にいるってわかったから、もう大丈夫」
 どちらが本当の自分がわからなくなって、エーリヒに迷惑を掛けてしまったこともある。
 でも、今の自分は前世の「橘美沙」ともかけ離れている。
 美沙のように楽観的な部分もあれば、クロエのように臆病だったりする。そんな自分を受け入れて、この世界で一生懸命生きていこうと思っていた。
「あ、でもどっちの私も、一番大事なのはエーリヒだからね」
 照れながらも素直に気持ちを伝えた。
 彼にばかり話させて、自分のことを話さないのは不公平だ。
「俺は……」
 エーリヒは何か言いかけて、クロエを後ろから抱きしめる。
「うん」
 彼の胸に寄り添いながら、急かさずに、静かに頷いた。
 ずっと人形のように扱われてきたエーリヒは、こうして自分の気持ちを話すことが苦手なのかもしれない。
 でもクロエは、エーリヒが何を思っているのか、その考えを知りたい。
 大切だからこそ、話がしたいと思っている。
「俺も、大切なのはクロエだけだ。本当は、この国にもあまり興味はない。貴族はもちろん、町の人間や移民だって、ろくな人間はいなかった。でもクロエは違っていた」
 そう言うとエーリヒは、クロエにだけ見せてくれる優しい笑みを浮かべる。
「昔から、怖くてたまらないのに、俺のことを助けてくれた。それに、どんなに酷い扱いをされても、逃げ出さずに役目を全うしようとしていた」
「……それは、父が怖かったからで。結局、王城からは逃げ出したし」