雫原の寝室は、いっそう澄んだ青が広がっていた。くちづけを何度も交わすたび、角度が変わる雫原のまぶたや頬、首すじを、障子窓からこぼれる月あかりが、透明度のある水浅葱に染めているのを、半目を開けてぼんやりと確認していた。からだは徐々に陶酔してゆくというのに。時折視界はふやけて霞みながら。
くちづけだけで、うっすらと汗をかくほど、じわりと痺れる快楽が、くちびるの皮膚から胸を伝い、性器の奥までじんと染みてくる。すぐに溶けてしまうあまい飴を、ひとつぶ、ふたつぶ、飲むように。くちびるで粘液を絡めながらついばむようだったくちづけは、雫原が躊躇いがちに舌を伸ばしてきたことで終わりを告げた。
舌を入れてよいか、やはりやめようかと、伺うようにくちびるの真ん中に湿った舌先が触れる。
言葉は性器のあたりにむず痒さを感じて、雫原の頬にそっと右手を添えた。
__入れて。
無言の応答だった。
集中していた雫原のまぶたが開き、こちらを見やる。
青に濡れた黒い眸と、視線がかち合った。宇宙の深淵のような黒の中に、言葉の眸が映って重なっている。男にしては長いまつげが、言葉の上向いたまつげと、ゆびを重ねるように重なり、ふれあうのではないかと思うのではないかというほど近く寄せられている。彼の深い場所へ、引きずり込まれそうだった。
言葉が一度意識を途切れさせた瞬間、くちびるの真ん中から、今までの皮膚よりも熱いものが入ってきた。嫌な生ぬるさではなかった。ほどよく火照り、ほどよくぬめっている。
口中をただよい、からめとろうとする雫原の舌になんとか応えようと、彼が角度を変えて動かす舌に、己の舌を添わせる。雫原の舌は言葉のものよりも太く、熱い。舌先だけが鈍くつめたかった。舌先がうごめき、言葉をとらえ、抱きしめるようにからむ。そのたびに味蕾がしびれ、喉がうずき、一拍置いて快楽の波が押し寄せる。
それに耐えられなくなり、息を小刻みに吐くと、合図のように雫原が舌を抜き、くちびるでやわらかく言葉のくちびるを覆う。それをされると性器がどくりとうずき、むず痒いうずきが下半身から昇ってくる。もっと、もっと強い快楽を、このからだは求めている。こころでは恥ずかしいと思いながらも、もっと強い熱を、男を求めて、内側に眠っていた女の性欲が、一枚一枚薄皮を剥ぎ取られるようにあらわになろうとしている。
いつの間にか、まなじりからひとしずくの涙が頬を伝い、くちびるにふれて顎を流れてゆく。
それに気づいたのか、雫原が舌を硬めたまま、垂直に言葉から出てゆく。ねとりと糸を引くように、くちびるが離れてゆく。後には触れ合っていたときの感触が残ったまま熱を保とうとするくちびるだけがあった。
雫原の息が、鼻とくちびるにかかる。なまあたたかさはなく、ただ熱かった。
「浅桜さん」
ふいに名を呼ばれる。
反射的に顔をあげてしまう。
下半身の中央から、ちりりとした一瞬の痛みの次に、快楽が襲いかかった。
言葉はことばもなく、短い叫びのような高い声を出すと、歯を食いしばってさらなる声の波を無理やり押さえつけた。上げた顎のさきに冷えた空気がまとわりついたと思えば、生暖かいものに包まれる。雫原のくちびるが覆いかぶさったのだった。
雫原のゆびは、じっくりと言葉の中へ侵入したかと思えば、羽がふれるような軽さで離れてゆく。それが下で、繰り返される。
時間をかけて、すみずみの肉まで暴かれてゆくようだった。彼の長いゆびによって。
いつのまにか、空気に飛び出た金魚のように口をはくはくと、息も絶え絶えに動かしていた。何度か生暖かく濡らされた顎から、雫原のくちびるが離れて、くちびるを塞がれる。さきほど散々慣らされたというのに、やわらかくくちびるを喰まれ、開けられたはざまから舌を挿れられると、ずくん、と痺れるような快楽に襲われる。そのたびに、額に玉のような汗が浮く。下からもタイミング良く快楽が重なる瞬間があり、男を挿れられていないというのに、気をやられそうになっていた。
水が抜けるような音がした。自分の下半身から生まれた音だと気づくのに、数分かかった。雫原のゆびが、言葉の花から抜かれたのだ。
水に濡れた眸を持ったまま顔をあげると、少し高い位置に雫原の顔があった。言葉のことを案じているようなせつなげな顔をしているが、ゆびと舌は悪魔のように中でうごめいていた。
__ずるい男だ。
言葉は睨むように雫原をじっとみつめていた。
月光がひときわ強くなり、眸を真横からつらぬくようにひかりを差し込んでくる。
白くぼやけた雫原は、虚ろなまなこで、息を荒げていた。
ふたたび彼の顔が近づき、やさしいくちづけを落とした。
くちびるはあまくやわらかいのに、先程自分をいじめていたゆびが、肩を強く摑んでいる。
雫原のくちびるを喰む速度があがるたびに、肩甲骨にゆびが食い込んだ。爪のかるい痛みが何故か心地よく、少しずつ、少しずつ桃がつぶれてゆくような、じゅくじゅくとする、さらなる快楽を生んでいた。
熱の境が、どこにあるのかわらかなくなっていた。角度を変えて、開けては離されるくちびる。ぶつかるやわらかさと、侵入してくるなめらかさに、意識が翻弄される。
うすら開けた眸から、雫原の耳の舌のくぼみや、フェイスラインがひら、ひら、と散るように見える。月光に照らし出され、輪郭だけがなぞられて。うつくしさにまた、言葉は涙を流していた。
ゆびが離れ、空いた性器にぽかりと虚ろな空間を感じる。頭では恥ずかしいと思っているのに、早くこの穴を、同じ肉で埋めてほしいという気持ちに苛まれる。同じ動物の、私よりも硬く熱い肉。頭の中に、黒い渦が湧き、やがてそれがまっさらな黒だけの円になる。うずうずと疼く想いは、いつの間にか腰をゆるく動かしていた。
くちづけを交わしながら、雫原がそれに気づいたようで、かすかに目を開けた。
こんな女だとは、自分でも思っていなかった。段階を踏んで暴かれてゆく中で、秘められていた本能が生き始めた。ずっと、雫原によって植え付けられていた種が芽吹いたのだ。彼の官能小説によって、十代のときから水を与えられ続けて。
雫原が、膝立ちになった言葉の真ん中に腰を押し付けてきた。すでに着物の下から、硬く張り詰めているのがわかる。男は、はじめてではなかった。
くちびるの動きが止まり、互いに少し首を動かしてゆっくりと剥がれていった。冷えた空気の中に、生暖かな吐息が重なっている。
雫原のゆびが、言葉の太ももに添えられる。
合図であり、求めであった。
言葉はゆっくりと膝をひらいた。
雫原は言葉の腰を強く抱き、己の着物の裾をひらくと、言葉の花に押し付けた。まだ下着のままだったので、侵入はしなかったが、薄布越しに熱く硬いものを感じた。
「ひぅっ……」
快楽の電流が、下半身から走る。
押さえつけられた肩から顔を上向けると、雫原がうっとりと半分まなこを伏せてうすら笑みを浮かべていた。
雫原が腰を縦に動かし、言葉の花にこすりつけたのだ。
__この男は、こんな顔をするのか。
鎌倉を共に散策していたときの、優男然とした姿は、そこにはなかった。これから女と犯すことへの生気に満ち溢れた、男の顔だった。
何度か性器を性器で撫でられてゆく。ほとばしる快楽で背筋が伸び、離されると弛緩して雫原の肩にくずおれる。それを繰り返した。クリトリスを覆う薄皮の上を亀頭で撫でられる感覚が、脳の奥深くまで快さを伝えられ、そのたびに足の指先をぴんと伸ばし、くずおれそうになるからだを支える。まだ、まだこれは真の快楽ではない。言葉の性器は水をふくみ、したたるほどに潤んでいる。時折交わされるくちづけは熱く、火を交わすようだった。くちびるが離れた刹那、潤んだひとみで雫原をみつめる。頬は上気し、秋の終わりだというのに湿っている。
雫原も息を荒げて、同じように頬を湿らせて、虚ろに陶酔した目をしていた。
__欲しい。
心もからだも、雫原を求めていた。
雫原の手が、腰から離される。ふわりと宙に浮く感覚があった。
顔に手を添えられ、上向かせられて、じっとその深淵の瞳でみつめられる。
荒い息が幾度か重なると、雫原は言葉を抱きしめて、そっと持ちあげ、そばにあった布団の上に、仰向けに寝かせた。
冷えた布団が、熱くなったからだに心地よかった。凛としたまなざしで上向いて、何も考えられない。熱を持った男のからだが一度離れたことにより、周囲をまとう空気がしんと冷えて透けている。ぼやけた意識で、しばらくこの曖昧な空気の中に、溶けてたゆたいたい気持ちが生まれていた。
すると、衣擦れの音がどこか近くでした。確認するよりも早く、はだけた着物を纏った雫原が覆いかぶさってきた。
やわらかく抱きしめられたため、最初、彼の輪郭がぼやけていた。その後、ふいに重いものがからだ全体にのしかかってくる。抱擁の幸福感が押し寄せ、うっとりと目を細めた。
雫原の脚が、自然に空いた言葉の脚の間に入り、割った。
細長いゆびが、湿った頬に添えられる。
雫原が上半身をかすかに浮かし、こちらへと顔を向けさせられる。
__挿れていいですか。
くちびるの動きで、その言葉を悟った。あまくささやかで、中央が乾いていた。湿ったものしかない中で、それはひどく心地よい響きだった。
__はい。
言葉は、ただしずかに答えを返した。そっと濃い闇に打ち上げられたちいさな花火を、両手で摑むように。
それを合図として、首すじにかかっていた雫原の吐息が途切れた。
言葉の頬に添えられた手が離され、ほどよく冷たい空気を感じた刹那、硬く熱いものがぴたりとワギナの細い隙間に当てられた。
言葉は目を瞠った。
散々焦らされていたので、痛みはなかった。雫原の訪問を、言葉はするりと包み込み、受け入れた。最初は、雫原の大きさに慣れるので精一杯だったが、挿入を繰り返され、徐々に慣れてくると、子宮の中心から愛液があふれ、潤滑になる。あとはもう気持ちよさしかない。
いろいろな角度で乱され、声も無く叫び続ける。首を逸らし、後頭部を枕に押し付けると、雫原はより深く侵入してくる。いろいろな皮膚の角度に、快楽を感じ続けた。そのたびに脚がつるほどに伸ばされ、雫原の脚にからめとられる。はじめて重なった男と女のからだとは思えないほど、なめらかに、密に合わさっていた。
息と息が重なり、周囲を覆う空気が生暖かなものだけになると、涙に濡れた言葉の視線と、雫原のまだ乾きを訴える視線がかちあい、そのままくちづけを交わした。湿った温度だった。
あまやかな夜だった、五感のすべてが熱く、血管のさきまで感覚があるようで。
幾度も与えられるくちづけが終わりを告げ、雫原が言葉の肩に顔をうずめる。汗で濡れた黒髪が、彼に冷えを与えないかと、余計な心配を霞んだ頭で巡らせていた。
「痛くはないですか」
行為の最中に、雫原に何度も聞かれたことばだった。そのたびに言葉はくちびるを噛み締めてうなずく。声が、うまくだせない。喘ぎ声しかだせずにいた。
その晩、言葉は客間ではなく、雫原の寝室で朝まで過ごした。
あまやかな夜だった、五感のすべてが熱く、血管のさきまで感覚があるようで。
「痛くはないですか」
行為の最中に、雫原に何度も聞かれたことばだった。そのたびに言葉はくちびるを噛み締めてうなずく。声が、うまくだせない。喘ぎ声しかだせずにいた。
言葉が背を向けてうつぶせになると、重なった雫原の胸や腹の体温がさらにくっきりと感じ取れた。冷えた背中にしんと染みてくる。背中に浮いた汗が、雫原のものと混じり合い、どちらがからだを濡らしているのかわからなくなる。背中から熱が剥がれ、尻と腰のあいだに、白い湯気のような息がかかる。
白い敷布団を摑んだ手に、ふしくれだった雫原の手が覆いかぶさる。それをみつめながら、言葉はいつかのサイン会でふれた彼の手を思い返し、やっとふたたび手が重なったことに安堵しながら、意識を失った。
くちづけだけで、うっすらと汗をかくほど、じわりと痺れる快楽が、くちびるの皮膚から胸を伝い、性器の奥までじんと染みてくる。すぐに溶けてしまうあまい飴を、ひとつぶ、ふたつぶ、飲むように。くちびるで粘液を絡めながらついばむようだったくちづけは、雫原が躊躇いがちに舌を伸ばしてきたことで終わりを告げた。
舌を入れてよいか、やはりやめようかと、伺うようにくちびるの真ん中に湿った舌先が触れる。
言葉は性器のあたりにむず痒さを感じて、雫原の頬にそっと右手を添えた。
__入れて。
無言の応答だった。
集中していた雫原のまぶたが開き、こちらを見やる。
青に濡れた黒い眸と、視線がかち合った。宇宙の深淵のような黒の中に、言葉の眸が映って重なっている。男にしては長いまつげが、言葉の上向いたまつげと、ゆびを重ねるように重なり、ふれあうのではないかと思うのではないかというほど近く寄せられている。彼の深い場所へ、引きずり込まれそうだった。
言葉が一度意識を途切れさせた瞬間、くちびるの真ん中から、今までの皮膚よりも熱いものが入ってきた。嫌な生ぬるさではなかった。ほどよく火照り、ほどよくぬめっている。
口中をただよい、からめとろうとする雫原の舌になんとか応えようと、彼が角度を変えて動かす舌に、己の舌を添わせる。雫原の舌は言葉のものよりも太く、熱い。舌先だけが鈍くつめたかった。舌先がうごめき、言葉をとらえ、抱きしめるようにからむ。そのたびに味蕾がしびれ、喉がうずき、一拍置いて快楽の波が押し寄せる。
それに耐えられなくなり、息を小刻みに吐くと、合図のように雫原が舌を抜き、くちびるでやわらかく言葉のくちびるを覆う。それをされると性器がどくりとうずき、むず痒いうずきが下半身から昇ってくる。もっと、もっと強い快楽を、このからだは求めている。こころでは恥ずかしいと思いながらも、もっと強い熱を、男を求めて、内側に眠っていた女の性欲が、一枚一枚薄皮を剥ぎ取られるようにあらわになろうとしている。
いつの間にか、まなじりからひとしずくの涙が頬を伝い、くちびるにふれて顎を流れてゆく。
それに気づいたのか、雫原が舌を硬めたまま、垂直に言葉から出てゆく。ねとりと糸を引くように、くちびるが離れてゆく。後には触れ合っていたときの感触が残ったまま熱を保とうとするくちびるだけがあった。
雫原の息が、鼻とくちびるにかかる。なまあたたかさはなく、ただ熱かった。
「浅桜さん」
ふいに名を呼ばれる。
反射的に顔をあげてしまう。
下半身の中央から、ちりりとした一瞬の痛みの次に、快楽が襲いかかった。
言葉はことばもなく、短い叫びのような高い声を出すと、歯を食いしばってさらなる声の波を無理やり押さえつけた。上げた顎のさきに冷えた空気がまとわりついたと思えば、生暖かいものに包まれる。雫原のくちびるが覆いかぶさったのだった。
雫原のゆびは、じっくりと言葉の中へ侵入したかと思えば、羽がふれるような軽さで離れてゆく。それが下で、繰り返される。
時間をかけて、すみずみの肉まで暴かれてゆくようだった。彼の長いゆびによって。
いつのまにか、空気に飛び出た金魚のように口をはくはくと、息も絶え絶えに動かしていた。何度か生暖かく濡らされた顎から、雫原のくちびるが離れて、くちびるを塞がれる。さきほど散々慣らされたというのに、やわらかくくちびるを喰まれ、開けられたはざまから舌を挿れられると、ずくん、と痺れるような快楽に襲われる。そのたびに、額に玉のような汗が浮く。下からもタイミング良く快楽が重なる瞬間があり、男を挿れられていないというのに、気をやられそうになっていた。
水が抜けるような音がした。自分の下半身から生まれた音だと気づくのに、数分かかった。雫原のゆびが、言葉の花から抜かれたのだ。
水に濡れた眸を持ったまま顔をあげると、少し高い位置に雫原の顔があった。言葉のことを案じているようなせつなげな顔をしているが、ゆびと舌は悪魔のように中でうごめいていた。
__ずるい男だ。
言葉は睨むように雫原をじっとみつめていた。
月光がひときわ強くなり、眸を真横からつらぬくようにひかりを差し込んでくる。
白くぼやけた雫原は、虚ろなまなこで、息を荒げていた。
ふたたび彼の顔が近づき、やさしいくちづけを落とした。
くちびるはあまくやわらかいのに、先程自分をいじめていたゆびが、肩を強く摑んでいる。
雫原のくちびるを喰む速度があがるたびに、肩甲骨にゆびが食い込んだ。爪のかるい痛みが何故か心地よく、少しずつ、少しずつ桃がつぶれてゆくような、じゅくじゅくとする、さらなる快楽を生んでいた。
熱の境が、どこにあるのかわらかなくなっていた。角度を変えて、開けては離されるくちびる。ぶつかるやわらかさと、侵入してくるなめらかさに、意識が翻弄される。
うすら開けた眸から、雫原の耳の舌のくぼみや、フェイスラインがひら、ひら、と散るように見える。月光に照らし出され、輪郭だけがなぞられて。うつくしさにまた、言葉は涙を流していた。
ゆびが離れ、空いた性器にぽかりと虚ろな空間を感じる。頭では恥ずかしいと思っているのに、早くこの穴を、同じ肉で埋めてほしいという気持ちに苛まれる。同じ動物の、私よりも硬く熱い肉。頭の中に、黒い渦が湧き、やがてそれがまっさらな黒だけの円になる。うずうずと疼く想いは、いつの間にか腰をゆるく動かしていた。
くちづけを交わしながら、雫原がそれに気づいたようで、かすかに目を開けた。
こんな女だとは、自分でも思っていなかった。段階を踏んで暴かれてゆく中で、秘められていた本能が生き始めた。ずっと、雫原によって植え付けられていた種が芽吹いたのだ。彼の官能小説によって、十代のときから水を与えられ続けて。
雫原が、膝立ちになった言葉の真ん中に腰を押し付けてきた。すでに着物の下から、硬く張り詰めているのがわかる。男は、はじめてではなかった。
くちびるの動きが止まり、互いに少し首を動かしてゆっくりと剥がれていった。冷えた空気の中に、生暖かな吐息が重なっている。
雫原のゆびが、言葉の太ももに添えられる。
合図であり、求めであった。
言葉はゆっくりと膝をひらいた。
雫原は言葉の腰を強く抱き、己の着物の裾をひらくと、言葉の花に押し付けた。まだ下着のままだったので、侵入はしなかったが、薄布越しに熱く硬いものを感じた。
「ひぅっ……」
快楽の電流が、下半身から走る。
押さえつけられた肩から顔を上向けると、雫原がうっとりと半分まなこを伏せてうすら笑みを浮かべていた。
雫原が腰を縦に動かし、言葉の花にこすりつけたのだ。
__この男は、こんな顔をするのか。
鎌倉を共に散策していたときの、優男然とした姿は、そこにはなかった。これから女と犯すことへの生気に満ち溢れた、男の顔だった。
何度か性器を性器で撫でられてゆく。ほとばしる快楽で背筋が伸び、離されると弛緩して雫原の肩にくずおれる。それを繰り返した。クリトリスを覆う薄皮の上を亀頭で撫でられる感覚が、脳の奥深くまで快さを伝えられ、そのたびに足の指先をぴんと伸ばし、くずおれそうになるからだを支える。まだ、まだこれは真の快楽ではない。言葉の性器は水をふくみ、したたるほどに潤んでいる。時折交わされるくちづけは熱く、火を交わすようだった。くちびるが離れた刹那、潤んだひとみで雫原をみつめる。頬は上気し、秋の終わりだというのに湿っている。
雫原も息を荒げて、同じように頬を湿らせて、虚ろに陶酔した目をしていた。
__欲しい。
心もからだも、雫原を求めていた。
雫原の手が、腰から離される。ふわりと宙に浮く感覚があった。
顔に手を添えられ、上向かせられて、じっとその深淵の瞳でみつめられる。
荒い息が幾度か重なると、雫原は言葉を抱きしめて、そっと持ちあげ、そばにあった布団の上に、仰向けに寝かせた。
冷えた布団が、熱くなったからだに心地よかった。凛としたまなざしで上向いて、何も考えられない。熱を持った男のからだが一度離れたことにより、周囲をまとう空気がしんと冷えて透けている。ぼやけた意識で、しばらくこの曖昧な空気の中に、溶けてたゆたいたい気持ちが生まれていた。
すると、衣擦れの音がどこか近くでした。確認するよりも早く、はだけた着物を纏った雫原が覆いかぶさってきた。
やわらかく抱きしめられたため、最初、彼の輪郭がぼやけていた。その後、ふいに重いものがからだ全体にのしかかってくる。抱擁の幸福感が押し寄せ、うっとりと目を細めた。
雫原の脚が、自然に空いた言葉の脚の間に入り、割った。
細長いゆびが、湿った頬に添えられる。
雫原が上半身をかすかに浮かし、こちらへと顔を向けさせられる。
__挿れていいですか。
くちびるの動きで、その言葉を悟った。あまくささやかで、中央が乾いていた。湿ったものしかない中で、それはひどく心地よい響きだった。
__はい。
言葉は、ただしずかに答えを返した。そっと濃い闇に打ち上げられたちいさな花火を、両手で摑むように。
それを合図として、首すじにかかっていた雫原の吐息が途切れた。
言葉の頬に添えられた手が離され、ほどよく冷たい空気を感じた刹那、硬く熱いものがぴたりとワギナの細い隙間に当てられた。
言葉は目を瞠った。
散々焦らされていたので、痛みはなかった。雫原の訪問を、言葉はするりと包み込み、受け入れた。最初は、雫原の大きさに慣れるので精一杯だったが、挿入を繰り返され、徐々に慣れてくると、子宮の中心から愛液があふれ、潤滑になる。あとはもう気持ちよさしかない。
いろいろな角度で乱され、声も無く叫び続ける。首を逸らし、後頭部を枕に押し付けると、雫原はより深く侵入してくる。いろいろな皮膚の角度に、快楽を感じ続けた。そのたびに脚がつるほどに伸ばされ、雫原の脚にからめとられる。はじめて重なった男と女のからだとは思えないほど、なめらかに、密に合わさっていた。
息と息が重なり、周囲を覆う空気が生暖かなものだけになると、涙に濡れた言葉の視線と、雫原のまだ乾きを訴える視線がかちあい、そのままくちづけを交わした。湿った温度だった。
あまやかな夜だった、五感のすべてが熱く、血管のさきまで感覚があるようで。
幾度も与えられるくちづけが終わりを告げ、雫原が言葉の肩に顔をうずめる。汗で濡れた黒髪が、彼に冷えを与えないかと、余計な心配を霞んだ頭で巡らせていた。
「痛くはないですか」
行為の最中に、雫原に何度も聞かれたことばだった。そのたびに言葉はくちびるを噛み締めてうなずく。声が、うまくだせない。喘ぎ声しかだせずにいた。
その晩、言葉は客間ではなく、雫原の寝室で朝まで過ごした。
あまやかな夜だった、五感のすべてが熱く、血管のさきまで感覚があるようで。
「痛くはないですか」
行為の最中に、雫原に何度も聞かれたことばだった。そのたびに言葉はくちびるを噛み締めてうなずく。声が、うまくだせない。喘ぎ声しかだせずにいた。
言葉が背を向けてうつぶせになると、重なった雫原の胸や腹の体温がさらにくっきりと感じ取れた。冷えた背中にしんと染みてくる。背中に浮いた汗が、雫原のものと混じり合い、どちらがからだを濡らしているのかわからなくなる。背中から熱が剥がれ、尻と腰のあいだに、白い湯気のような息がかかる。
白い敷布団を摑んだ手に、ふしくれだった雫原の手が覆いかぶさる。それをみつめながら、言葉はいつかのサイン会でふれた彼の手を思い返し、やっとふたたび手が重なったことに安堵しながら、意識を失った。



