「……彩葉。行こ」
隣で、律が小声で言う。
顔を上げると、律は何も言わないまま前を向いている。
さっきの一部始終を見ていたはずだけど、そのことには触れない。
私は何も言えず、ただ頷いて歩き出す。
——でも、私が視線を逸らし、女子生徒がもう一歩距離を詰めて手を伸ばした瞬間。
「触るな」
反射的に、蓮はその手を振り払っていた。
一瞬だけ。
本当に、一瞬だけ。
王子様みたいな柔らかい表情が消えて、鋭い目が素のまま露わになる。
「あ…、ご、ごめんなさい」
女子生徒がはっとしたように身をすくめた。
いつも穏やかな蓮からは想像できない強い拒絶。
その空気に、女子生徒は明らかに怯んでいた。
蓮は、内心「やってしまった」と大焦りしながらもすぐに表情を作り直し、無理やり笑顔を貼りつけて声のトーンを戻す。
「ごめんね、急に触られるの慣れてないんだ。今のは…俺たちだけのヒミツ。ね?」
柔らかい言い方なのに、拒否権のない圧がこもっている。
そんな笑顔を向けられて、女子生徒は「は、はい!」と答えるしかなくて。
そのまま、逃げるように駆け足で去っていく。
──でも、このやりとりを見る前に視線を逸らした私の中に残ったのは、
“女の子に優しく断る蓮”の姿だけだった。

