そのキス、契約違反です。




【side彩葉】

 

——おかしい。


フロアに戻った瞬間、違和感が背筋を走った。

悲鳴が上がり、人と人とがぶつかり合い、割れたグラスの音が甲高く響く。

視界の端で誰かが転び、別の誰かが怒鳴り声を上げた。



それだけじゃない。


銃声に、爆発音まで聞こえる。



一体何が………?



船が、微かに揺れた気がした。

胸の奥が嫌な音を立てる。



「きみ!」



混乱の中ではっきりと私の方を呼ぶ声がした。


振り向くと、人波をかき分けるようにしてこちらへ走ってくる人物がいる。



「……佐伯、さん…!?」



仮面越しでも分かる。

息が少し上がっていて、顔色もよくない。


何かを必死に探しているような視線が、私に向けられた。



「どうしたんですか…!?」



問いかけながら、無意識に周囲を見回してしまう。


…蓮は?

一緒にいたはずの姿が、どこにも見えない。



その問いを口にする前に、佐伯さんの表情が一瞬硬くなった。

ほんのわずかな沈黙のあと、絞り出すような声で告げられる。