そのキス、契約違反です。





どう誤魔化す?

どう切り抜ける?


一瞬、思考が回りきらなくなった、その時。



「じゃあ、俺が」



律が、すっと手を伸ばした。

私が止めるより早く男の持つグラスを取る。



「妹に無理強いしないでもらえます?……兄として、心配なんで」



男は一瞬、面食らったように目を瞬かせた。



「いや、しかし——」



律はその言葉を遮るように、男をまっすぐ見据えた。



仮面越しでも分かる“圧”。

長年裏の世界を生きてきた人間特有の、逃げ場を塞ぐ視線。



「マナーなら、俺が代わりに受けます。それで、問題あります?」



男の喉が、こくりと鳴った。

空気が、ひりつく。


……数秒。

男は乾いた笑みを浮かべて、両手を上げた。



「……いや、いや。兄貴殿がそう言うなら」



律はもう、グラスを傾けていた。

喉を鳴らして一気に飲み干す。



「妹想いだ。素晴らしい」



そう言い残して、男は一歩引いた。



「では、楽しんで」



……逃げた。

背中が、人混みに紛れて消えていく。