「私は神楽 梓。ごめんなさいね、うちのバカどもが」
…神楽組当主の神楽 創の妻であり、護衛対象・神楽蓮の母親。
「いえ……むしろ、大丈夫ですか?」
私はひねり倒した男に目を向けると、いてて、と体をさすりながら立ち上がっている様子だった。
……でも先に手を出したのはそっちだし!正当防衛ってことで。
「…見た目に反してずいぶん力があるんだな…」
「……まあ、仕事なんで」
見た目が華奢だからと油断する人は多く、私の仕事の都合上この体格はむしろ都合が良かった。
「今日からお世話になります。よろしくお願いします」
私は梓さんの方へ向き直り、深く一礼した。
一度受けた依頼は必ずやり遂げる。
それが、私の信条。
「こんな無茶な依頼を引き受けてくれてありがとうね。蓮と創が待っているわ。こちらへどうぞ」
梓さんは微笑みながら、私を屋敷の中へと導いた。
神楽家の廊下は驚くほど静かだった。
前を歩く梓さんの足音だけが、硬い床に規則的に響いている。
「……彩葉さん。護衛としてあなたに依頼したけど、もうひとつ頼みがあって──あの子の、友達になってくれないかしら」
ふいに振り返った梓さんは、柔らかいけれどどこか切なさを含んだ目をしていた。
「……友達?」
予想外の言葉に、思わず聞き返してしまう。
「生まれた時から“神楽組の跡取り”っていう枠の中で生きてきたから……蓮、昔から本気で心を許せる友達がいないの。だから、もしよければ……仲良くしてやって欲しい」
「……できる範囲で、努力してみます」
その孤独、完全には分からないけど── 自分は何もしてないのに、生まれた環境のせいで周りから距離を置かれるその気持ちは、私にも分かる。
私だって、周りから勝手に距離を置かれたり、名前で憶測されたりする事も多い。
梓さんは足を止めると、静かに客間の扉を開いた。
部屋の空気はひんやりと張り詰めていて、思わず背筋が伸びる。
その中央で座っていた男が、こちらに気づくとゆっくり立ち上がった。
「来たか。」
向けられた視線は鋭くて、体温がひとつ落ちたような感覚がする。
場慣れしている私でも、一瞬だけ息を飲んだ。

