【side 律】
夜の空気は、冷たかった。
山の中腹にある宿から少し離れた、街灯もまばらな裏道。
昼間は観光客が行き交うであろうその場所も、今は虫の鳴き声だけ。
逃げ道は、ここしかない。
俺は物陰に身を潜めたまま、呼吸を整えた。
心拍数は平常。視界は冴えている。
こういう時、不思議と余計な感情は削ぎ落とされる。
頭の中にあるのは、
地形と、敵の人数と、距離。
それだけでいい。
足音が、闇の向こうから聞こえた。
複数人。
足音は乱れていて、焦りが滲んでいる。
足音が、さらに近づくと、声が聞こえた。
「……っ、くそ……逃げるぞ……!」
敵の一人が、掠れた声で吐き捨てる。
その瞬間。
俺は、迷わなかった。
物陰から一気に距離を詰め、一人目の顎に肘を叩き込む。
身体が崩れ落ちる前に、首元を押さえて地面に叩き伏せた。
「げはっ……!?」
悲鳴が上がるより早く、次。
背後から掴みかかってきた腕を捻り上げ、体勢を崩す。
関節が軋む音と、短い絶叫。
「誰だ、てめぇ──!」
暗闇の中で、敵の目が血走ってこちらを睨む。

