「席は神楽の隣な」
蓮さんの横を指し示され、教室中の視線を浴びながら席に向かう。
席についた瞬間、蓮さんが周囲へ向けて柔らかな微笑みを浮かべた。
昨日の冷たい無表情とはまるで別人。
HRを終えて先生が退出した後、また教室がざわめきはじめる。
──でも。
私の耳元に落ちる声は、その笑顔とは違くて。
「……彩葉」
いきなり名前を呼ばれて、肩がびくりと跳ねる。
……そういえば、初めて名前呼ばれたかも。
「…何ですか、蓮さん」
横を見ると、蓮さんは表向きの微笑を崩さないまま机越しにほんのわずか身を寄せてきた。
周囲から見ればただの“仲が良さそうな男子2人”にしか見えない距離感。
けれど、その近さに息が詰まりそうになる。
「……その敬語と“さん付け”、やめろよな。怪しまれるから」
周囲に聞こえないよう静かに落とされた声は、妙に刺さった。
「え…いや、でも。一応蓮さんは俺の主ですし……」
「主なら俺の言うこと聞けるだろ?」
た、確かに…。
そう言われてしまうと、従うしかない。
私が沈黙していると、蓮さんはさらに声をひそめた。
「言えよ。……蓮、って」
じっと見つめられて、不覚にも心臓が跳ねる。
「……れ、蓮」
自分でも驚くほど小さな声で名前を呼べば、蓮さんは満足げに目元を緩めた。
「ん。こっちのがいいわ」
その自然すぎる微笑みに、胸がまたぎゅっと掴まれた気がする。
………な、なんなのこの人。
でも、呼び捨てもタメ口も、学校にいる間の演技の中だけだからね…!
“敬語”と“さん付け”は、いつも依頼を受ける時の線引きの一つとして大事にしている。
…あまり深い関係になりすぎるのも良くないから。
そして周囲に集まりはじめていたクラスメイトたちが、そわそわと落ち着かない様子で一斉に話しかけてきた。
「桜庭〜!よろしくな!」
「ライン交換しない?!」
「ていうか顔ちっさ…桜庭くんってどこから来たの〜?!」
一人が身を乗り出した瞬間、「じゃあ俺も」「私も!」と次々に質問が四方八方から飛んできて誰が何を言ったのかすら曖昧になるほどで、返事が追いつかない。

