早朝の住宅街の空気は冷たく、まだ人の気配も少ない。


黒のスラックスに白いシャツ、短く整えた黒髪ウィッグの下で私は息を整え、スーツケースを片手に神楽家の重厚な門をくぐった。

風が吹いて、短く切りそろえられた前髪が頬にかかる。
ロングヘアが当たり前の自分にはこの短いウィッグはどうにも落ち着かない。


「おい」


敷地内に足を踏み入れた瞬間、
左右から黒スーツの背の高い男が二人、無言で立ち塞がった。


「そこの兄ちゃん。ここは関係者以外立入禁止だ。……引き返しな」


……見張りか。それはそうだよね。

すごく睨まれているけど、ガンを飛ばされるのは日常茶飯事だから特に驚きはしない。

とりあえず男の子だと思われてるみたいでよかった。なんて、むしろ一安心している自分がいる。



桜庭 彩葉(さくらば いろは)神楽 蓮(かぐら れん)様の護衛として依頼されて来ました」



女だと悟られないように少し低めの声で告げると、男のひとりが訝しげに眉をひそめた。

そういえば、常に護衛として傍にいないといけないから学校にも通わせるって言われたけど……私、学校でも男子のフリしなきゃいけないって事だよね。

なんかもう、既に気が重い。

それにどう考えても“桜庭彩葉”って名前、女の子なんだよな……。


「身分証は?」


めんどくさいな…と思いつつ差し出そうとした瞬間、男の手が私の腕を掴んだ。

反射的に掴まれた腕をひねり、膝で相手の足を払う。
鈍い音とともに男が地面に崩れ落ちた。


「……触んな」


気を許してない相手に触られるとつい身体が動いてしまう。

癖というか、仕事柄というか……もう完全に条件反射。


「な、何すんだ、てめ──!」


私は無表情のままスーツケースを拾い上げると、門の奥から凛とした女性の声が響いた。



「ちょっと!あなたたち、その子は私が呼んだのよ!無礼な真似はおやめ!」



現れたのは、淡い藤色の着物を纏った上品な女性。
髪はきちんとお団子にまとめられて、一見どこか柔らかい気配を纏っている。


「姐さん!?す、すいませんでした!」


男2人は背筋を伸ばして頭を下げる。

その人は私の前まで歩み寄り、優しく微笑んだ。