そのキス、契約違反です。~完璧王子の裏側には要注意~




……えっ、なにこの空気?


驚いて足を止めそうになる。
周囲の視線が、やけにキラキラしていたから。


「蓮様おはようございます!」
「キャ〜!今日もカッコいい……!」


女子の声があちこちから飛んでくる。

………え???“蓮様”?

幻聴かと、自分の耳を疑った。


困惑する私をよそに、蓮さんは昨日の冷徹な彼とは思えないほど柔らかい笑顔で、


「おはよう」


と当たり前かのように対応している。

私は思わず口が開いてしまった。


…え?誰!?別人すぎるんだけど…!?


昨日、血だらけで無表情に戦っていた男の人と、目の前で爽やかに笑っているこの人が、同一人物だなんて信じられない。

蓮さんはすれ違う生徒一人ひとりと目を合わせ、軽く会釈していく。
その仕草も笑い方も、隙がどこにもない。


……“敵を作らない”って、そういう意味?

これが……蓮さんの“表”の顔。敵を作らないための、いわゆる“蓮様”モード……


その事実に気づいた瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。


…つまり蓮さん、外ではずっと…こうやって“演じて生きてる”んだ。

それは私が今、男装してここに立っていることとどこか似ている気がした。

本音を隠し、必要な仮面を被って日々を過ごす。
…そう思うとほんの少しだけ、彼の背中が近く感じられた。


教室に向かう間も蓮さんの人気は止まらず、歩くたびに女子の視線がちらりちらりと飛んでくる。

そして私はというと、後ろに一歩下がってできるだけ目立たないように背筋を伸ばして歩いた。


そして二人で教室に入った瞬間ー

ざわめきがぱたりと止まった。
視線が、教室のあちこちから一斉に私たちへ集中する。

蓮さんは何事もなかったかのように教室一番後ろの窓際の席へ向かって歩き出し、私も思わずその背中を追いかけそうになったけど先生の声が私を呼び止めた。


「桜庭くん、こっちへ」


教卓の横で手招きされ、私は黒板の前に立つ。
慣れない男子制服の襟が緊張で少し喉に触れた。


「えっと……今日からこのクラスに入ることになりました、桜庭彩葉です。よろしくお願いします」


頭を下げ、顔を上げた終えた途端、教室のあちこちから声が湧き上がる。


「ねえ、めっちゃイケメンじゃない…!?」
「え、無理、タイプなんだけど」


女子だとバレませんように。と不安を抱えながら今日を迎えた私だけど、予想外の反応に思わず固まった。

というか“イケメン”なんて生まれて初めて言われた。
…まあ男装なんてしないからそれはそうか。