「わざわざ戻ってきてくれたんだよね、ありがとう。…ほんとは、結構怖かった」
戻ってきて、よかった。
あのまま放っておいたらきっともっと面倒なことになってた。
むしろああいうのって、気が強い子ほどしつこくされがちだし。
——と、同時に。
自分の前髪が、顔に張り付いていることに気づく。
冷たい。
ウィッグまで、しっかり濡れていた。
……どうしよ、今ウィッグの予備持ってきてないんだよな。
さっき、体育祭で汗かいたから予備のウィッグに変えたばかりだったのに。
「ごめん、私を庇ったせいだよね…」
申し訳なさそうに言われて、首を振る。
「悪いのはあいつらだから、謝らないで。乾かしてから戻るから、また絡まれる前に先に戻って」
岬さんは一瞬迷ったように黙ってしまったけど、こくりと頷いた。
「…うん。桜庭くん、さっきは本当にありがとうね」
そう言って、手を振ってくれる。
その背中を見送りながら、私は濡れた前髪を掴んだ。
…うーん。これ、どうしよう。
服はそのうち乾きそうだけど、問題はウィッグ。
これがないと部屋には戻れないし、この状態でクラスのみんなと鉢合わせるわけにもいかない。
自然乾燥……しかないよね。
…そういえばこの建物、確か屋上あったはず。
屋上ならクラスのみんなも来ないだろうし少しの間変装を解いても大丈夫だろう。
そう思って、階段を上がった。
──今思えば、それが完全に浅はかだった。
風に揺れる、濡れた髪。
ウィッグを外し、女の姿のままぼんやり空を見上げていた、そのとき。
背後で、息を呑む気配。
「…………え」
驚きで固まった声。
振り向くより先に、その声が、さっきまで一緒にいた岬さんの声だとわかってしまった。

