Forgiving~英国人実業家は因習の愛に溺れる~


 この応接室はそれなりの広さがあり、白を基調に、ソファ、接待机と椅子、観葉植物が配置されている。
 壁紙も白で揃えられていた。窓が扉から真正面側に大きくとられていて、そこからちょうど隣の公園が見渡せる造りになっている。これがこの応接室の「売り」といえる箇所だ。
 大抵の客人は、待ちの時間があるとこの窓からの景色を楽しむ──しかしこのケネスが見ていたのは、まったくの別物だった。

「それは、私の父の写真です。先日亡くなりました」

 ケネスが見ていたのは窓からの景色ではなく、その窓枠のそばに飾られた、あかねの父の記念写真の一つだった。

 存命中、とある海外の政治家と一緒に撮ったもので、箔付けと、来客者との会話のきっかけを作るために、そんな写真が幾つか細いフレームの額に入れられ飾られている。その一つだ。

 しかしケネスは、あかねの言葉になにも答えなかった。もしかしたら意味が通じなかったのだろうか、と思って、あかねは英語に切り替えた。

「It's my father」
 そう、あかねは教えてみた。
 ケネスはじっと写真を見たまま視線は動かさず、静かに答える。

「I know. I'm sorry for your loss」

 まるで映画で聞くような見事なイントネーションに、あかねは背筋がビクッと震えるのを止められなかった。
 分かってはいたがケネスの母国語は間違いなくイギリス英語で、日本語はある程度かじっただけ、というレベルのようだ。声色さえも少し、英語と日本語の間で変わる。

「英語でお話した方がいいですか? それほど流暢ではありませんけど、きちんと喋れます。これから来る社員も、ある程度は喋れますから」

 あかねが英語でそう言うと、ケネスはやっと振り返って、また少し目を細めた。

「ええ、助かります。きちんと勉強したつもりだったんだけどね、実際に使うのは今回が初めてで、やはり難しい。そうして貰えると有難いです」

 ケネスもまた英語で答えた。
 しかし、ネイティブではないあかねを気遣うように、一語一語をはっきりと発音しながら。

「ケネス・リッターです。突然の訪問をお許しいただきたい。どうにもせっかちな性質で」
「一条あかねです、ミスター・リッター」
「知っています。わたしのことはどうか、ケネスか、ケンとでも」
「い、いえ……」